ウイルソン金井の創作小説の新着ブログ記事
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
翌週の日曜日、ミサの後に洗礼を受けた。洗礼名はマルシア。マルガリータ園長、佐和やマルコスなどが参列して、洗礼の儀式を見守る。神父が、亜紀の頭上に聖水を注ぐ。 《そう、この水が永遠の忘れ水ね》 亜紀の左手の薬指と首かざりの指輪が、一瞬の温もりを感じさせる。それは、輝明が彼女の洗礼を祝福したと亜紀... 続きをみる
-
三ヶ月後の五月、亜紀は独りで水沢山を訪れた。整備された小道を登る。頂上に立ち、一望の景色を眺めた。季節は異なるが、眺める風景は変わっていなかった。彼女の長い髪の一本一本を、爽やかな風が愛でるように触れて行く。 その風の感触は、輝明が優しく撫でる感覚に似ている。 「あ~、輝君・・」 亜紀は、彼... 続きをみる
-
輝明の兄は、言葉を続けることができない。亜紀は嫌な予感に手が震え、支える何かを求める。心の奥から声を絞り出し、兄が伝えたい言葉を尋ねた。 「お兄さん、輝君・・に、何が・・、起きたのですか?」 「実は・・、弟が、亡くなり・・・ました」 兄の言葉に、亜紀は信じられなかった。 《うそ、うそでしょう。... 続きをみる
-
太田インターから桐生に差し掛かる。高崎まで三十キロ程の地点だった。突然、右前方の車がスリップし、中央分離帯に追突した。その後ろに走行していたトラックが、急ブレーキを掛け輝明の車線側にハンドルを切った。その車は、輝明の前を走るワンボックス車に激突。 「わぁ~、危ない!」 彼は大声を張り上げ、ブレ... 続きをみる
-
成田空港の明かりが遠ざかる。雲間を通り過ぎると、満天の星が輝いていた。その星が涙で歪む。 「マルシア、悲しくて、泣いているの?」 「ううん、悲しい涙ではないの。涙には、沢山の意味があるのよ」 マルコスが、ポケットからティシュを取り出し亜紀に渡した。 「ありがとう・・。これでいいのかと思うと、何... 続きをみる
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
《最後まで読んでくれて、ありがとう。物語の続きは、自由に想像しても結構だ。ワシは無事にゴキ江の許に帰れた。 その後、小笠原諸島の父島へ移住し、愛する妻と楽しい日々を過ごしている。ただ、歩き回ることは困難だ。そして、ワシの息子黒ピカのことを、懐かしく思い出している。 えっ、息子が何をしているかっ... 続きをみる
-
ワシは相手にしない。目を閉じ、現実には有りえないことを脳裏に描く。 《神様から不死の体に大きな翅を与えられ、空高く遠くへと飛び回る。もちろん、マリアブリータのブラジルへ・・。むふふ・・》 「うう・・。リーダー、起きてください。寒・・い・・よ~」 ぐっすりと寝てしまったワシを、懸命に黒ピカが揺り... 続きをみる
-
「そ、そんな寂しいことを、言わないでください。独りぼっちでは悲しくて、何もできません」 《お前との別れが、これほど辛く悲しいと思わなかった。命が尽きるまで、お前を忘れない。あ~、息子よ》 翌日の昼。アフリカ大陸の最南端、喜望峰が近づいて来た。 「黒ピカよ、ここでさらばだな」 ヤツが、急に真剣な... 続きをみる
-
「それはない、ワシらは貨物室に乗るからだ」 「え~、飢え死にしちゃいますよ。それなら、や~めた」 「じゃあ、ワシは飛行機で帰る。お前は船で帰ればいい。どうせお前は、横浜へ行く必要があるからな。ワシは一刻も早く、ゴキ江を助けねばならぬ」 「ん~、ん~、船か~、オイラもハム食べたいなぁ~」 「まだ時間... 続きをみる
-
船は大西洋の大海原を渡り、一路アフリカ大陸の南端を目指す。海は荒れることなく、穏やかな後悔であった。 《この船も貨物船だから、人間どもの姿が少ない。周りを気にせずに過ごせそうだ。だが、用心しよう。あの光景は、もうごめんだ。ん? ヤツはどこへ?》 探しに行くと、やはりキッチンにいた。ワシのことな... 続きをみる
-
「私が話すわ。実は、ブリ―リアに子供ができるの」 黒ピカの代わりに、マリアブリータが説明した。 「なにぃ~、それは・・、お前の子供か?」 「はい、オイラの子供です。そう言われました。でも、ひとりで育てるから、オイラは日本へ帰れと・・」 「いや、お前は残れ! 彼女に、もしものことがあったら、誰が子... 続きをみる
-
ここは予想以上に居心地がよく、帰国の意思を消し去ろうとする。黒ピカもブリ―リアの計略に嵌ったようだ。 とうと三週間が過ぎてしまった。マリアブリータが仲間を呼び集め、賑やかな集団になっていた。 『ゴキ江! 待っていろ、今助けるからな! 追い駆けても、追い駆けても愛する妻に近づけない。ゴキ江~、ゴ... 続きをみる
-
-
「私と一緒に暮らすそうよ。これで、私も残りの生活を楽しく生きて行けるわ。ねえ、ブリ―リア! 共同生活する仲間を探しましょう」 ワシは、安心したら無性に食べたくなった。 「さあ、黒ピカ! たらふく食べるか?」 「はい、食べましょう、食べましょう」 二匹の大食い競争が始まった。 「おほほ・・、うふ... 続きをみる
-
マリアブリータの顔が、直ぐ目の前に見えた。ワシが横になっている。この状況はどうしたんだ。 「オ、オヤ・・ジ。・・。リーダー、オイラが分かりますか?」 「お、お前の顔だけは、絶対に忘れない」 「セニョール、しっかりしてください!」 「セニョーラ・マリアブリータ、少し休めば元気に・・。気が張っていた... 続きをみる
-
「ワシの話を聞いてくれ! ワシらの仲間には、危険を素早く感知する能力と、いかなる環境にも耐える体質が備わっている。それが三億年という長い時代を、生き延びてきた証明だ。これこそ、神から与えられた本能だ」 「だから、なんだって言うのだ。それは過去の話ではないか」 「そうよ、そうよ。過去の話だわ。現実を... 続きをみる
-
「どう思われますか? 過去の大会では、ここまで活発な意見はなかった。あなたの演説が、仲間の啓発を強く高めたようです」 「少し待ってくれ、講演の内容を冷静に考えていたんだが・・。どうも、仲間に夢を与えたのではなく、残念ながら幻想を与えたようだ。ワシら仲間にできるものは、何も無い。それが現実だ」 マ... 続きをみる
-
彼女の言葉は、説得力のある言葉であった。黒ピカやゴキジョージは、黙って聞くしかない。 「でも、愛することは、好きを越えた次元の異なる普遍的な感情なの。男女の愛、家族の愛、子弟の愛など。私とセニョール・ゴキータの愛は、仲間の愛なのよ」 「ちょっと待って、なんなの、その普遍的な感情って? 格好いい言... 続きをみる
-
休憩時間が過ぎ、分科会が始まる。各グループがまとめる内容を、ワシは楽しみに待った。その様子を眺めていると、ミスター・ブリジョンソンとセニョール・ゴキペドロが通訳を伴って、ワシの所へやって来た。 「世界本部から、リーダー・ゴキータに特別顧問をお願いする。なにとぞ、就任を受けて頂きたい」 「え~、ワ... 続きをみる
-
「さて、どこまで話をしたか、忘れてしまった。直ぐに思い出すから・・」 「がんばれ~、だいじょうぶか~?」 「おれが代わりに話そうか? アッハハ・・」 「うふふ・・、私でもいいわよ」 「あっ、そうだ。神や仏の話だったな。信じる者は救われるか・・。まあ、いいや」 少し間をおき、ゆっくりと会場を見渡し... 続きをみる
-
「いつの日か、人間どもによって、生き物の住めない地球にされてしまう。人間どもは宇宙開発と偽り、ヤツらだけが助かる、別の星を探しているらしい。このワシらの大切な地球を、助けるつもりはない! 捨てて逃げるつもりだ! 本当に卑怯なヤツラだ! 人間どもには頼る神や仏がいるが、ワシらには頼る神はいない!」 ... 続きをみる
-
会場全体がシーンと静まり、ワシの言葉を待った。 「世界中から参加した皆さん! ワシらは三億年前の古生代石灰紀の地球上に誕生し、氷河期や隕石落下など多くの危機や試練を乗り越え、種族の命を受け継いできました。 森林環境に依存し平和に暮らして来たが、人間どもの出現によって、ワシらの生活環境が一変した... 続きをみる
-
「え? チーズが嫌いなの? 面白い、うふふ・・。でも、セニョールもブラジル語が話せますね? どちらで・・」 「ワシは、単語を並べるだけです。棲み処がセントロ・コムニターリオ・クルツラール(中央公民館)という場所で、ポルトガル語の授業を聞いてました」 「それは、素敵ですね」 ワシは輪の中心にいる黒... 続きをみる
-
-
「あっ、あれは口からの出任せです」 「ほ、本当か? ワシは知らんぞ。あの豊満なメスの怖さ・・。あ~ぁ、おぞましいことが起こりそうだ」 ワシは鳥肌が立つ。この旅は、何故か鳥肌が立つことばかりだ。 「なんですか、マダムとの約束とは?」 ゴキジョージが不思議な顔で聞き、触角をピィーンとアンテナのよう... 続きをみる
-
ブリジョンソンのうんざりする長い挨拶が終わり、各大陸代表の報告発表が始まった。 「初めに、ユーラシア大陸代表の方は、こちらへどうぞ」 誰も壇上へ現れない。会場内がざわつき、ワシと黒ピカはキョロキョロと辺りを見渡した。 「お静かに願います。どうやら、ユーラシア大陸代表のイタリアのゴリジェラーノさ... 続きをみる
-
「リーダー、残念ですね。船内で話をした仲間もいたでしょうね」 《ほう、もう冷静になっておる。うふふ・・、少しは成長したと思ってもいいのかな》 「そうだな、残念だが仕方ない。これが、無常の風よ」 「それは、なんの風ですか?」 ヤツは、次の疑問に心を惹かれ、目を輝かした。 「この世の命は、誕生と死滅... 続きをみる
-
「でも、オイラは勉強をしたい。この旅で自分の知識が足りないことを知り、リーダーを目標に頑張りたいと思います」 「照れることを言うな! 旅はまだまだ続く、多くを感じて学ぶことが成長だ。それが、この旅の大切なお前の目的だよ」 「はい、リーダー。しっかり成長します」 《ワシは嬉しいぞ。一緒に旅をしながら... 続きをみる
-
救命ボートに戻るが、隅でジッと動かない黒ピカ。心配するブリ―リアがヤツの体に優しく触れる。ヤツはブリ―リアを抱きしめるが、大きすぎてハグができない。代わりに彼女がハグをすると、黒ピカが押し潰された。その滑稽な様子に、他の仲間たちが冷やかす。黒ピカが、ようやく照れ笑いを見せた。 横浜を出港してか... 続きをみる
-
「大丈夫ですよ。あれらは体調が百十ミリで翅を広げると二百ミリになりますが、敵対心が無ければ友好的ですよ。あれらも人間を恐れています。ペットの食料用に捕獲されているので・・」 「ブリ―リアと同じだ! 可哀そうに・・。誰も信用できない目つきは当たり前だ。リーダー、そう思いませんか? オイラは必ず友達に... 続きをみる
-
「人間どものペットで、ヘビやトカゲなどの爬虫類だってさ・・」 ブリカーノが説明する。すると、隣のゴキジョージが、にやにやしながら話す。 「だけど、俺たちの品評会を開き、艶の光沢具合や走る速さを自慢する愛好家の人間が、世界中にたくさんいるらしいよ」 「クックク・・」 「ムッフフ・・」 「いや、ワシ... 続きをみる
-
「ん? 何が横に・・」 振り向くと、腰が抜けるほど驚く。なんとワシらより数倍大きい仲間がいた。黒ピカは、恐ろしさに固まって動けない。相手は、ワシらをジッと探る様子で見ている。 長い触角で、黒ピカに触れようか迷っている。ワシは、どうも女の子らしいと気付く。慣れないスペイン語で話し掛けてみた。 「... 続きをみる
-
シャワー室から顔を見せたのは、黒ピカと友達になったハワイのゴキジョージであった。 「アローハ、ジャパニーズ・リーダー!」 「やあ、アローハ! ゴキジョージ、大丈夫でしたか?」 「はい、ハワイのメンバーはノウ プロブレム(問題ない)あなたのお陰です。マハロ(ありがとう)」 「いや、とんでもない。と... 続きをみる
-
「それは、ハワイの仲間だ。アローハ(こんにちは)と挨拶して、英語で話せばいいのだ。まさか、英語がダメなのか?」 「話せませんよ。日本語だけです。オイラには、勉強する暇もなければできる頭も無い。リーダーは話せるのですか?」 「ああ、ワシの棲み処は中央公民館だった。英語教室や国際交流の集いがあり、知ら... 続きをみる
-
-
揺れは、日毎に激しくなる。船が傾く方へヨロヨロと歩き、まるで酔っ払いのようだ。ワシはできる限り棲み処で静かにしていた。若い黒ピカは、片時も休まない。ところが、フラフラとヤツが戻ってきた。 「どうした、具合が悪いのか?」 「あ~、気持ちが悪くて、もう歩けない」 ワシの前でバッタリと倒れ、動かなく... 続きをみる
-
「長い道のりだ。安全で快適な、仮の棲み処を探さなければ・・」 「リーダー。それよりも、先に何か、食べませんか?」 「そうだな、前の方からいい匂いがする。行ってみよう」 貨物船のためか、人間どもの姿が少ない。安心して行動ができる。キッチンは意外と広く、清潔であった。直ぐに残飯の在りかを探し当てた。... 続きをみる
-
のらりくらりと言葉を交わすマダムの対応に、言い知れぬ怒りが湧く。もう、我慢ができないとワシは思った。 「とにかく・・、ですな!」 その瞬間、黒ピカがサッとワシの前に出る。豊満なマダムの体を軽くタッチした。 「お美しいマダム・イヤーネ、南米から帰国したら横浜に来ます。死ぬまでお仕え致しますから、... 続きをみる
-
ワシの真剣な表情から、失敗は許されないと理解した黒ピカは、翅をバタバタと動かし気を引き締める。ヨットがうねりの頂点に達した一瞬、岸壁を目がけて飛んだ。 ワシは体操選手のように触角を広げ、華麗なフォームでピッタと着地をする。黒ピカは風に煽られ、コロコロと転んでしまった。 「うっ、痛たた~。もう、... 続きをみる
-
ジェット音が、徐々に大きく響いてきた。 「リーダー、あのとんでもない唸り声は?」 「あれは唸り声ではなく、飛行機の音だ。自動車より数十倍も大きい、空飛ぶ機械だ。 本当なら、あれに乗ってブラジルへ行くはずだった」 「ふぅ~ん、ゴジラが吠えていると思った。半年前に誤って映画館に入ったら、急にゴジラが... 続きをみる
-
「はい、十分に気を付けます。カラスは大嫌いだ。いつもオイラを『バカカァー、バカカァー』と、鳴いて騒ぐ。オイラは、とっくの昔から承知の介だい!」 「アッハハ・・。あ~、腹が痛い。なんとも変わったヤツだな。ハハ・・」 東京湾に近づき、釣り船や観覧船が目まぐるしく行き交う。小さなヨットは船のさざ波に煽... 続きをみる
-
冷や冷やしながら見ていたワシは、何故か神様に祈ってしまった。祈りが通じたのか、黒ピカはようやく着地ができた。 「さあ、出発だ。茎にしっかりと抱きつけ! この茎なら、葉の養分を吸える。少しは腹の足しになるからな」 「は~い、リーダー。だけど疲れたなぁ~」 夜明けと共に、長い未知の旅が始まった。果... 続きをみる
-
夏の虫たちの『リ~ン、リ~ン』と軽やかな音色だけが聞こえる。静かな夜に戻った。 「黒ピカよ! ワシは決めたぞ」 ふと心に浮かんだ案を、出し抜けに告げる。黒ピカは驚き、ピョッコと飛び跳ねた。 「えっ、えっ、何を決めたのですか?」 「渡航方法だ! 近くの烏川から利根川を経て、途中の江戸川を抜け東京... 続きをみる
-
「リーダーの方が、もっと慌てていますよ」 《当たり前だろう。お前に露見したと思った。気付いていないらしいな。それにしても、そんなに似ているのかなあ? 黒く光って母親似と思うが・・》 「うっ、ゴッホン・・、ゴ、ゴキ江、それで支部からの内容は?」 「ええ、それが渡航のことなの。飛行機は空港の検疫検査が... 続きをみる
-
「今日はこれで散会する。近頃、野良猫に食べられる事件が絶えない。くれぐれも用心して帰ってくれ」 集まったものたちは、別れを惜しみながらソロソロとその場から立ち去った。 「黒ピカよ!」 「はい、リーダー・・」 「出発まで、この公園で過ごす。棲み処に戻っても、命の保証はないからな。この場所にこっそり... 続きをみる
-
-
「さ~てな。ワシらの仲間は寒さに弱いからなぁ~。世界中と言っても、温暖な国や熱帯雨林からの参加が多いはずだ。この地球上には、およそ四千種、一兆四千八百億匹が生息している。参加数は全く想像がつかん。だから、ワクワクしているよ。講演は仲間の夢について、話す予定だ」 「じゃ~ぁ、日本の仲間は~、どれほど... 続きをみる
-
《これから始まる物語は、あんたら人間どもが、とても理解できないであろうワシらの世界だ。 この地球上に、ワシらよりもずっと後に現れた人間どもよ! 猿人(アウストラロピテクス)から旧人類(ネアンデルタール)、新人類(クロマニョン)に進化してきたと言われているが、ワシらだけが真実を知っている。でも、... 続きをみる
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
輝明は、渋々と頷くほかなかった。 「前と違って、今は電話で話せるからね。平気でしょう? あなたの声を聞きたいから、ちょくちょく電話をしてね」 「うん、分かったよ。毎日、毎晩電話する。寂しくなったら、ブラジルへ行くさ」 「まあ、それはやり過ぎよ。いい加減にして・・。うっふふ・・」 「そうか、電話代... 続きをみる
-
伊香保から戻った日の夜に、兄家族や会社の従業員を交えた親睦会に呼ばれる。その場は、輝明と亜紀の話題で終始過ごした。輝明は憮然としたり、顔を赤らめたりと忙しかった。亜紀は彼の様子に笑いが止まらない。マルコスも久しぶりに笑顔を取り戻す。 輝明が会社に行っている間、亜紀はマルコスを伴い高崎市内を散策... 続きをみる
-
翌日、輝明と亜紀は伊香保温泉に出掛ける。その途中、水澤観音を参詣してから、忘れ水が流れる場所を訪れたいと、亜紀が希望した。以前には無かった裏手の駐車場に車を停め、登山口に向かう。 「あら、随分変わってしまったのね」 現在は、登山口から頂上まで整備されている。 「そうさ、若くないボクにも無理なく... 続きをみる
-
祭壇の上から優しい笑顔に愁いを帯びた瞳。輝明にとって、決して忘れない愛する千香の顔である。亜紀には、心を許せた最愛の友であり、彼を結び付けた恩人でもあった。 「不思議ね、私が、千香の家族として見送るなんて・・」 「うん、不思議なことだね。これも偶然かな?」 「そうね、千香が笑っている。そうよ、偶... 続きをみる
-
兄夫婦に、亜紀とマルコスを初めて紹介する。 「亜紀さん、輝坊を宜しく。今、祝うことができない状況で申し訳ない。滞在中に、ゆっくり食事をしたいと考えている」 「いいえ、お兄さんのお気持ちだけで十分です。彼がマルコスです」 マルコスは緊張して、顔を下に向けていた。 「ええ、承知しています。マルコス... 続きをみる
-
「そうだよ。亜紀さんだ。それにマルコスも・・」 千香は幾度も頷く。亜紀は千香の胸に覆いかぶさり嗚咽する。千香が亜紀の頭に手を添え、抱き締めた。その千香の手に、輝明は彼の手を重ねる。 「千香ちゃん、やっと夢が叶えられたね。この高崎に三人が揃ったよ」 「うん、嬉・・しい・・わ。良か・・ね。て・・る・... 続きをみる
-
亜紀は奈美から離れ、千香に近寄る。千香の顔を間近に見ながら、小刻みに震える手で頬に触れた。 「遅くなって、ごめんね。千香・・、あなたの好きなマルコスを連れて来たわよ」 マルコスを呼び、千香に会せる。 「チア、チア・・。会いに来たよ。大好きなチア・・」 千香の顔が、ほんの僅か反応したように見え... 続きをみる
-
慣れない首都高速から外環道を回って、ようやく関越道に入ることができた。高坂のサービス・エリアで休憩する。初めて見る光景に亜紀とマルコスは、輝明の傍から離れられない。とりあえず、ふたりをトイレに案内する。 幾らか落ち着いてきた二人を、レストランに連れて行く。 「さあ、何が食べたい?」 「輝君は、... 続きをみる
-
-
翌日の朝、昨晩から病室で見守っていた輝明は、奈美と交代して家に帰り仮眠をする。昼過ぎに起き、近くの食堂で昼食を済ませると再び病院に行く。千香の容態を見届けてから、車で成田へ向かった。 午後五時に成田空港へ着いた。輝明は幾度も到着ボードを凝視する。逸る心を抑えているが、到着間近になると心は勝手に... 続きをみる
-
千香が顔を歪め苦しみだした。輝明は直ぐにナース・コールを押す。看護師が廊下を駆けて来た。三人は、部屋の隅に固まり対応を見守る。看護師は院内携帯で医師に連絡。三人は廊下で待つよう指示された。千香の苦しむ声が、廊下で待つ三人の耳に聞こえる。 「輝叔父さん、何かあったの?」 その時、東京の貴志が到着... 続きをみる
-
胸ポケットの携帯を取り出し、受信ボタンを押す。 「輝君!」 霞む目の前に、亜紀の顔が浮かび上がった。 「あ、亜紀さん! 早く来て・・」 「えっ、まさか・・、千香が危ないの?」 「亜紀さん、もう余裕がないよ」 「明日の朝、出発よ。二日後の夕方に到着するわ」 「本当だね?」 「ええ、間違いないわ。... 続きをみる
-
「うん、見せて・・ね」 千香は歪んだ顔をチラッと見せ、また目を閉じてしまった。病室内のモニター音が反響して、輝明の頭の中を駆け巡る。 「オレ、売店に行ってくるね」 その場にいたたまれない輝明が廊下に出ると、年配の看護師から呼び止められた。 「あっ、金井さん! ちょうど良かったわ。吉田先生から連... 続きをみる
-
病院の外に出ると粉雪が舞っていた。頬を掠める雪が体温でスッと溶ける。輝明は空を見上げた。暗い空間から無数の白い塊が、彼を目がけて落ちてくる。その一つ一つが千香の記憶に思え、輝明は瞬きもせずに白い塊を目で追う。 家に帰り、疲れた体をソファに投げ出す。輝明は抑え切れない心の苦痛を、唯一支えてくれる... 続きをみる
-
翌朝、千香は昨晩の亜紀からの電話で、精神的に元気な顔を見せた。本人の希望もあって、高崎市内や観音山をドライブすることにした。 介護タクシーを呼び、輝明も同乗して出掛けた。観音様はタクシーの中から参拝する。忠霊塔前の駐車場から、高崎市内が一望できた。 高崎市内を望む千香のうつろな瞳。愁いをおび... 続きをみる
-
数日間は、病状も安定していた。神戸から転院して三日後の日に、緩和ケアの一環として一時帰宅が許された。輝明の家は、千香のために介護用ベッドや器具が用意され、窮屈な状態になっている。 「ま~ぁ、輝坊ちゃんが住んでいる家は、こんなに窮屈なの?」 「仕方がないだろう。千香ちゃんのために揃えた器具で、一杯... 続きをみる
-
夢の中に沈みながら、輝明はふたりの存在を推し量る。目の前にいるのは、いつも千香である。しかし、意識するのは、後ろに見え隠れする亜紀の存在であった。それが、今はふたりが並び、同時に声を掛ける。どちらの声を優先に聞けばよいのか、輝明はもどかしさに悩みもがく。 《オレが物心つく頃には、千香ちゃんが常に... 続きをみる
-
エレベーターでロビーに降りると、レンタル会社の社員が待っていた。車のキーを渡して請求書を受け取る。輝明は、千香の子供たちに連絡し、病院の住所と電話番号を知らせた。車の移動を心配していたが、無事に転院できたので安堵した様子。明日の午後、奈美が病院に訪れる約束をして電話を切った。 輝明はタクシーを... 続きをみる
-
その場の雰囲気を変えることができた。しばらくして、海老名JCTから圏央道に入る。すでに、夕刻の四時過ぎ、冬の陽が沈みかけている。 「千香ちゃん、疲れたろう?」 「平気よ。輝坊ちゃんは、疲れたでしょう。もう若くないんだから、無理しないでね」 「いや、まだ若いから、平気さ」 「またまた、ウソをつく!... 続きをみる