ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

   恵沢の絆   Ⅳ

「母ちゃんは、もう・・、自分のことを承知しているんだよ。だから、早く行こう。俺からも、頼む・・」
 助手席で黙って前を見ていた父が、重い口を開き兄に告げた。
 幸せな家族の温もりが、一瞬にして重い空気へと変わってしまった。私が経験した不思議な空間は、最初で最後の貴重な家族の思い出となったのである。
 抑揚のない静かな墓参りを済ませ、急ぎ帰宅した。笑顔を失った母は、兄と姉に付き添われ病院へ戻った。翌日の朝、意識が戻らない母は、群馬大学付属病医院へ救急搬送される。楽しみにしていたオリンピックの開会式を、家族と一緒に見ることが叶わなかった。
 父と兄が最も恐れ、姉と私が初めて経験する、肉親との別れが近づく。
 その日、私は登校していた。午後の授業中に職員室へ呼ばれる。受話器を耳に当てると、涙声で母の死を告げる姉の声が聞こえた。姉の声は、脳裏に止まらず反対側の耳から抜けた。母の死が思い浮かばず、感情の動きもままならない。
 受話器を置き呆然とする私に、担任の清水先生が私の肩に手を置く。
「金井・・、大丈夫か? お姉さんから聞いたよ、早く帰りなさい」
 早退を勧められたが、返事の言葉が思いつかない。黙ってお辞儀をすると、職員室を出た。
 学校から家に戻る途中、細かな雨が降り始める。家には、父と兄が待っていた。兄の車で、前橋の病院に急ぎ向かう。
 病院の受付に、心細い様子で姉が待っていた。父と兄は事務所へ呼ばれ、私は昨晩から付き添いをしていた姉と霊安室へ行く。霊安室は病院の裏手にあり、篠突く雨の中を傘をさして歩いた。外灯は薄暗く、濡れた体が寒さと怖さに震えが止まらない。
 小さな霊安室の奥手に、白木の棺がぽつねんと置かれていた。数本のロウソクの炎が、ユラユラと隙間風に揺れている。蓋が開いているので、私は恐る恐る中を覗く。青白い肌の目を閉じた母の顔があった。
「母ちゃん・・」
 私は初めて人間の死を実感した。目を開けない母の顔に、そっと手を差し出す。その瞬間、真っ赤な血が母の枕を染めていることに気付き、私は急ぎ手を引っ込めた。
「姉ちゃん、これを見て! 母ちゃんの頭から血が出ているよ」
 壁際の椅子に力なく座る姉が立ち上がり、私の傍に近寄り頷く。
「うん、知っているよ」
 姉は涙ぐみながら、母の顔を優しく撫でる。
「どうして、どうしてだよ?」
「そう、これには訳があるの。我慢しなさい」
「嫌だよ、我慢なんかできないよ。母ちゃんが可哀そうだ!」
 先ほどの震えとは異なる震えが私を襲い、沈む心を怒りへと駆り立てた。
「輝ちゃん! 兄ちゃんが説明するまで、姉ちゃんに聞かないで・・。お願い」

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