ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅵ

「うん、見せて・・ね」
 千香は歪んだ顔をチラッと見せ、また目を閉じてしまった。病室内のモニター音が反響して、輝明の頭の中を駆け巡る。
「オレ、売店に行ってくるね」
 その場にいたたまれない輝明が廊下に出ると、年配の看護師から呼び止められた。
「あっ、金井さん! ちょうど良かったわ。吉田先生から連絡です。ムンテラ(病状説明)をするので一階の面談室にお願いします」
「はい、了解しました」
 面談室に行くと、主治医の吉田先生と緩和ケアの佐々木主任が待っていた。
「お世話になります。先生・・」
「さあ、どうぞお掛け下さい」
 パネル画面にMRIの映像が映し出された。映像の説明を聞きながら、輝明の目は、脳は、心は画面にくぎ付けとなる。凄まじい転移が彼女の体を蝕む状況にあった。
《千香ちゃん・・。あ~ぁ、母ちゃん、千香ちゃんを助けてやって・・》
「これが、橋本さんの体です。どうして、ここまで耐えられるのか、私には判断できません。とても強い方ですね」
「先生、耐える理由があるんです。約束した・・、ある人を待っているからです」
「そうですか、生きる力を与える大事な人は、どちらから来られるのですか?」
「ブラジルからです。来週には到着の予定です」
《大事な人を守ると約束した人。亜紀さんを待っている。千香ちゃん、もう・・いいよ。ごめんな、こんな辛い思いをさせて・・》
「本人が激痛で耐えられない場合は、モルヒネを投薬するかもしれません。ご承諾を頂けますか?」
「はぁ~、は、はい。承知し・・ました」
「それから、緩和ケア・チームに指示してありますので、何か心配事があれば相談して下さい」
《先生! 助けて、千香ちゃんを助けて・・》
「先生、千香ちゃんの命・・、いつまで・・」
 主治医の吉田は輝明の目を直視する。輝明は吉田の目を避けた。主治医は長年の経験から判断した答えを、ストレートに告げる。
「残念ながら、短い状況と思われます。親しい方に早めの連絡をして下さい」
「はい? そんな・・?」
 主治医の吉田が面談室から出て行く。輝明は動けなかった。主治医に礼も言えずに椅子に座ったまま、気力が失せる。緩和ケアの佐々木主任が、輝明の肩を労るように触れて立たせた。彼は黙礼をしてから、面談室を出る。
 駐車場の車に行き、運転席に腰掛けた。両手をハンドルに置き、ジッと前のフロントガラスを見詰める。ガラスは温度差で曇り始め、前が見えなくなった。
 突然に、携帯のマナー・モードの振動が、彼の心を揺り動かした。
 

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