ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅷ

 千香が顔を歪め苦しみだした。輝明は直ぐにナース・コールを押す。看護師が廊下を駆けて来た。三人は、部屋の隅に固まり対応を見守る。看護師は院内携帯で医師に連絡。三人は廊下で待つよう指示された。千香の苦しむ声が、廊下で待つ三人の耳に聞こえる。
「輝叔父さん、何かあったの?」
 その時、東京の貴志が到着。廊下で待つ三人の顔に不安の影。貴志は愕然とし、輝明に質問した。
「うん、今、先生を呼んで待っているところだ」
「そう、心配だなぁ」
 青ざめた顔で、病室を見詰める。
「貴志君、しばらくだね・・」
「あっ、高崎のおじさん。お世話になります」
 輝明の兄に気付き、挨拶した。
「奈美は、いつ来たんだ?」
「九時ごろよ。今まで、ママと話をしていたの。それが突然に・・、信じ・・られ・・ないわ・・」
 奈美がショックの余り声を呑む。輝明が奈美の肩を優しく抱いた。薄い緑の手術着に聴診器を持った主治医の吉田が、階段を急いで駆け上がって来る。輝明を見ると、黙礼してから病室に入った。十分ほどして、主治医の吉田が出て来た。
「モルヒネを投与しました。会話が難しくなると思われます。中にどうぞ・・」
 貴志がベッドの千香に、声を掛ける。
「母さん、僕だよ。聞こえるかい?」
「ママ、お兄ちゃんが来たよ。目を開けて・・」
 千香が、微かに反応したと思われたが、目は閉じたままであった。
「貴志君、奈美ちゃん。残念だけど、薬のせいで無理かもしれない。しばらく休ませてあげよう」
 貴志は頷き、椅子を引き寄せ声を掛けずに座る。じっと母親の顔を見詰めた。奈美も兄の後ろに立ち、肩に片手を置いて千香の顔を一緒に見詰める。
 輝明は兄と階下のロビーに行き、売店で買ったペットボトルの紅茶を飲む。
「亜紀さんが、明日の便で日本に来ることになった。それで、オレは成田へ迎えに行くから、病院の方は頼むね。一応、子供たちが付き添うと思うけど・・」
「ああ、いいよ。心配するな」
 兄は、輝明の肩をポンポンと叩き、病院を後にした。兄を見送った輝明は、歩いて通える近くのビジネス・ホテルに二人分の予約をする。温かい缶コーヒーを売店で購入して病室に戻った。
「はい、飲みなさい。千香ちゃんは傍にいることを感じているよ。だから、話せない辛さはあるけど、心を穏やかにすることが、千香ちゃんにとって必要だと思う」
 ふたりは、輝明の言葉に頷き、温かいコーヒーを口にした。輝明は千香の頭を静かに触る。そして、頬を優しく撫でた。

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