恵沢の絆 Ⅶ
受付の青年が丁寧に道筋を教えてくれた。初めての東京であったが、お陰で迷うことなく、目黒の孤児院を訪ねることができた。真っ黒に日焼けした横山先生は、本部の紹介状に快く応対してくれた。先生は、ボーイ・スカウトの話題では、私が驚くほど熱く語る。それ故に、私の気持ちに理解を示し、細江先生宛の紹介状を書いて寄越した。
「手紙には、君の気持ちを素直に書きなさい。君が望む道を、正しく導いてくれると思う。幸運を祈るよ!」
その夜遅く、高崎に戻る。当時、私は近くの農家の二階に下宿。父や兄に知れることなく、帰ることができた。
今日一日で、多くのことを経験し学んだ。私の脳が燃えるように熱く、なかなか眠れない。翌日の朝、寝不足気味で頭は朦朧としている。ただ、心はすっきりとしていた。遅い朝食を食べに家へ行く。姉が何も言わずに朝食を用意する。
「姉ちゃん、父ちゃんや兄ちゃんは?」
「帰りが遅かったようね。心配して、行く先を聞かれたわ。ご飯食べたら、仕事を手伝いに行きなさい。いいわね?」
「分かった。でも、怒っているよね?」
「知らない。行ってみれば、分かるわよ」
「うん・・、だろうな・・」
事務所へ顔を出すと、兄が待っていた。そこへ父もやって来る。
「輝久! 洋子から聞いたぞ。無茶なことするんじゃない」
普段あまり怒らない父が、私に大きな声を張り上げた。
「お前は、卒業したら、ここを手伝えばいいんだ。分かったな!」
「オヤジさん、それは違うよ。輝ちゃんは高校へ行かせる。悪いけど、輝ちゃんと二人だけで話したいから、工場で待ってて・・」
父の怒りは治まらない。だが、兄の言葉で仕方なく工場へ行く。私はホッとした。
「輝ちゃん! 本当にブラジルへ行きたいと思っているのか?」
「うん、諦めていない。でも、直ぐに行けるわけないよ」
私は、昨日のことを説明した。
「そうか・・、僕が生きてきた時代は、決して甘くはなかった。戦争が続いたら、どこかの戦場へ行かされたと思う。生きるのに必死だった。勉強の価値観も思い浮かばない。目の前には、軍需工場で働く姿だけだ。夢や希望が持てる時代ではなかった」
「・・・、時代は変わった・・」
兄は、二つのカップにインスタント・コーヒーの粉末を入れ、熱い湯を注ぐ。一つを私に手渡した。自分のカップに口を付け、熱そうに一口すする。
「確かに、そうだよな。だから、輝ちゃんはやりたいと思うことを、やればいいよ。本当は、オヤジさんだって同じことを考えている。明治生まれのオヤジさんは、恵まれた環境に生まれ育ったけど、時が味方しなかっただけさ」
兄は、工場で働く父を見た。背を丸めて働く父の後ろ姿に、私も目をやる。