恵沢の絆 ⅩⅡ
そこにいたのは姉の子、十三歳の順子と十一歳の龍男であった。姉が私を抱きしめたように、私がふたりを抱きしめる。
「姉ちゃん・・。幼いふたりを残し、辛かっただろうね」
ふたりの温もりは姉の温もりであり、無念な姉の気持ちが私に伝わった。おそらく、父も姉の死後四ヵ月は、幼い孫ふたりに慈悲の心で見守っていたのであろう。
ただ、父の気力は体の衰えに屈してしまった。あの『坊ちゃん父ちゃん』と言われた父の面影を偲び、私は父の苦衷を察する。
「お前に電話を掛けるまでは、洋子ちゃんの死を認めようとしなかった。ところが、お前に伝えたことで、支えが一気に壊れてしまったようだ。それ以来、日毎に衰弱するオヤジさんを見ていたよ。辛かったなぁ」
二日後、ブラジルへ帰った。機内の窓から中秋の満月が、私の瞳を眩しく射す。その眼には、父と姉の生き生きとした姿が残っている。棺の中に横たわるふたりの顔を、私は知らない。だが、兄の脳裏は克明に記憶しているはずだ。
見送りに来た兄の顔が、心なしか元気が無い様子。私の心が虚しさを覚え、初めて兄を抱き締めた。兄も固く強い力で応え、決して忘れられない抱擁となる。
それから二十数年の時が流れ去った。
十一月の夜遅く。甥の貴志から、直通回線になった国際電話が掛かる。
「輝叔父さん、お元気ですか?」
「やあ、元気だよ。それで、何か大事な用かな?」
「ええ、そのことですが・・。先週、父の担当医に母と僕が呼ばれ、父の余命がひと月と言われました」
「えっ、そんな状態だったんだ。何も知らなかった・・」
「この電話は、父には内緒です。父は前々から、輝叔父さんには黙っていろと言われました。心配させるのが、嫌みたいですね」
「ああ、アニキらしいな・・」
「僕は、輝叔父さんに伝えた方が良いと考え、電話する決心をしました」
「うん、それが正解だよ。ありがとう・・」
私の心根には、兄への心配事が常に疼いていた。ついに、その時が訪れたのだ。理解するというより、諦めの心境に近い感覚である。だから、悲しみより寂しさを強く感じた。
「早く行けるよう、都合を付けるつもりだ」
「はい、ありがとう輝叔父さん! 母と弟には伝えておきます」
「あ、貴志君・・。出迎えは必要ないからね。入院先は、どこ?」
「高崎のY病院です」
「分かった。成田に着いたら、連絡するよ」
一週間後、南半球の夏の気候から、身が凍える高崎駅のホームに降り立った。既に陽は傾き、駅周辺は家路を急ぐ人々で混雑している。その雑踏の中を歩き、近くのホテルへ急いだ。