漂泊の慕情 Ⅳ
仕事から家に帰るたび、あの手紙が気になってしまう。封を途中まで開けたが、決心がつかず止めた。破棄して捨てることもできない。机の引き出しの奥へ、目の前から隠すように仕舞い込んだ。
最初の手紙が届いてから十日過ぎに、新たな手紙が届く。今回の差出人は、女性の名前であった。それも、彼と同じ名字が書かれてある。
「彼と同じ名前の女性って、誰かしら?」
私は半信半疑ながら、恐る恐る封を開ける。
【拝啓 突然に、手紙を差し上げるなんて、驚かれたことでしょう。ごめんなさいね。
いつも、あなたのことを弟から聞いていました。素敵な女性で、いずれは結婚をしたいと口癖のように話していました。そして、近い内に、私に会わせると約束したの。
それが、突然に、もうあなたと会わないからと告げられました。あれほど、あなたを愛していたのに、別れるなんて私には信じることができません。その後、弟は口を閉ざし、詳しいことを教えてくれませんでした。
先日、緊急な用事があって、携帯に掛けても通信不能でした。弟の勤め先に連絡すると、私の知らない間に、退職をしていました。まったく理由が分かりません。
どうか知っていることがあれば、教えていただけませんか。とても心配です。お願いします。
誠にお見苦しいことを依頼し、恐縮に存じます。 かしこ】
私は開いた便箋を持ったまま、文面から目が離せなかった。時の流れを忘れるほど、立ち続ける。窓の隙間風が、私の頬を撫でた。私は、ようやく時の流れに気付く。
「私だけでなく、彼のお姉さんまで理解できない行動なの。一体、彼に何が・・」
私は、もう一通の手紙を思い出す。机の奥から取り出し、急ぎ内容を読む。差出人は、互いに悩みを打ち明ける仲の良い、気心の知れた彼の友人という。
文面は乱雑だが、非常にショッキングな内容が書かれてあった。目の前が真っ暗になり、ソファに座り込む。私は動揺が収まるまで、少し横になる。
「あ~ぁ、どうして打ち明けてくれないの。恐らく、彼の優しい気持ちが、それを選んだのね」
私は横になったまま、彼の優しい顔を思い描く。胸が締め付けられるほど、彼を愛しく思い詰めた。
「なぜ、何故なの。こんな不公平なんてないわ。これから、幸せになろうとしている私たちに・・」
私と同じように心を痛めている彼の姉に、すぐさま電話する。手紙の文面下に、書かれてあった番号に掛ける。
初めて聞く姉の声、互いに緊張した声が行き交う。私は、彼の友人から届いた手紙の内容を、トーンを抑えて告げる。やはり、内容を聞き、答える彼女の声もトーンが下がり気味であった。
二日後の日曜日、高崎駅前のホテルで会うことになった。