ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

ウイルソン金井の創作小説の新着ブログ記事

  •    偽りの恋 ⅢⅩⅢ 

    「ところで、三浦半島の件だけど?」 「うん、何が?」 「経費とか、詳しいことが知りたい」  大山の説明では、費用は寮の参加者が負担する。相手の女の子たちは、食事代だけだ。バス内の席も抽選で決めるという。 「バスは、どこから借りるのさ?」 「ああ、レンタカーだよ」 「運転は・・」 「寮長の海田さんが... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅢⅩⅡ 

     計画は誰かの意見で決めた訳でなく、食堂でなんとなく喋った話が現実化した。大山と木村が実行委員らしい。 「大山さん、三浦半島の件だけど、俺は知らないよ」 「あれ、部屋の机の上に、メモを置いたけどなぁ」  探したけど、結局見つからなかった。でも、食堂の掲示板で確認する。  その後、佐藤さんとは夕食後... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅢⅩⅠ 

     仕方なく、本当のことを打ち明ける。 「実は、あの人とは・・」 「ううん、言わなくてもいいわ」  出鼻をくじかれる。俺は唖然とした。 「えっ、どうしてさ?」 「当たり前でしょう。金ちゃんの好きな人が、誰だって言いの。私には関係ないもの」  確かにそうだ。俺だって、人の恋話なんて聞きたくない。 「そ... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅢⅩ 

     情けない自分を恨めしく思う。心の奥に封印できない弱さを嘆く。ベッドから起き上がり、洗面室で顔をゴシゴシと洗った。幾分気が晴れ、再び食堂へ顔を出す。 「金ちゃん、ちょうどいいところに来た。ちょっと変わってくれ」  木村の代わりに、俺が麻雀することになった。別に嫌いじゃなかったので、卓に座る。 「大... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅨ 

    「今更だけど、直接に言ってもらいたかった。自分の口で答えるつもりだったのに・・」 「・・・」 「私は、両親が反対しても、あなたと結婚する覚悟だった」 「そんな・・」 「ええ、本当よ。でも、もういいの」  あの人は悲しい目で俺を見る。俺の心は、挫けそうだ。 「そうか・・、ごめん」  俺は、ただ謝るし... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅧ 

    「君と結婚して、幸せな人生を共に過ごしたいと願った。それは誰でも求めることだし、初めから離婚なんて考える人はいない。そうだろう?」 「ええ、思うわ」 「それと同じに、生きる意味を考えた。産まれ、死ぬ、これは全ての人に当てはまる。だから、生きているうちに何をやりたいか。それが夢だと思う」 「・・・」... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅦ 

     確かに、俺は答えられない。自分の理不尽な振る舞いに、呆れる。 「夢を求めていた時期もあった。でも、君に出会い、夢を諦め君を選んだ」 「・・・」 「今でも、君を諦めたくない。ただ、入院中に考えが変わった」 「どうして?」  長谷川さんの顔と手紙を思い出す。 「一言で言い表せない。でも、幸せの価値観... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅥ 

     あの人の了解を得ず、ご両親に結婚を申し出たのである。言うまでもない、後日、体良く断わられた。俺は後悔していなかった。 「どうして、先に言えなかったの?」  あの人の視線は、怒りと悲しみ、それに憎しみと憐みが複雑に絡み合っている。 「ごめん、君との結婚は絶望的に思えた。君に言えば、君から否定の言葉... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅤ 

     浅黄色の封筒から、丁寧に畳まれた便箋を取り出す。  俺はドキドキしながら広げた。優しい文字が、踊るように書かれている。 『ほんの僅かな間だったけど、あなたに会えて良かったわ。弟のような、彼氏のような。どちらでも構わない。身近に話せた男性は、あなたが最初で最期の人。ありがとう。  やりたいことが沢... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅣ 

     「彼女、あまり具合が良くないの。強い痛み止めの注射で、会話は無理かもしれない。でも、金本さんに会いたがっているわ。先生には内緒よ」  長谷川さんの病室のドアに、面会制限の札が掛けられている。看護師に促され、俺は静かに病室の中に入った。 「・・・」  しばらくの間、黙って長谷川さんの顔を見詰める。... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅢ 

     俺は何を話すか、前もって考えていた。彼女の名前は長谷川。 「長谷川さんが好きなのは、旅行の話だよね」 「ええ、この状況では、どこへも行けないもの」 「じゃ、どこへ行きたい? 国内、外国のどっちがいいかな?」 「ん~、外国かな?」  やはり、思った通りだ。俺は南米の様子を話すことにした。ただ、俺も... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩⅡ 

     あの頃、俺は悩んでいた。  あの人か、夢か、どちらかを選択する必要があった。  中学の時、意識の中に外国生活への憧れが、突如湧き上がった。ただ、自分でも理由が分からない。  意識は、憧れから夢に変わる。その後、ずっと夢を追い求めてきた。  ひょんなことから、あの人に出会う。  それまでは、安易な... 続きをみる

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  •    偽りの恋 ⅡⅩⅠ 

     公園内のテラスのあるレストラン。木陰のテーブル席に座る。飲み物を注文するが、しばらく会話がない。互いに記憶を模索する感じだ。 「それで、今は何している?」  仕方なく、俺が先に口を開いた。 「ええ、特に変わったことは、ないわ」  遠くの景色に視線を置き、虚ろに答えた。あの人の視線の先を、俺も見る... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅡⅩ 

     日曜日の朝、佐藤さんが突然に訪ねて来た。俺は急いで玄関に行く。白い日傘をさした佐藤さんが、門の前に立っていた。 「おはよう、金ちゃん・・」 「やあ、おはよう。どうしたの?」 「突然に、ごめんね。今日、時間が有るかしら?」 「いや、約束が有って、これから東京に出掛けるんだ」  佐藤は、俺の返事に肩... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅨ 

     その後、寮生活にも慣れ、平凡な日々が過ぎて行く。  七月の日曜日に、寮生のひとり山倉が結婚した。相手の実家がある田園調布の教会で、結婚式を挙げる。俺たち全員が参列。教会の結婚式は、初めての経験だった。  その夜、俺は夢を見た。教会で結婚式を挙げる俺がいる。聖壇の前に立ち、花嫁を待っていた。オルガ... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅧ  

     そこへ、坂本が疲れた顔で帰って来た。 「坂本さん、お帰り・・」 「あれ、はよ戻ったかいな?」 「ええ、適当にぶらついて、帰ってきました」 「なんや、なにもせ~へんでか?」  坂本は呆れた顔をした。 「当たり前でしょう。ほな、坂本さんは、どないやねん?」 「アハハ・・、けったいな、大阪弁やな。金ち... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅦ 

     自分では長く潜るつもりだったが、直ぐに息を切らして顔を出した。 「何やってんだ、金ちゃんは・・」  川島が立っていた。 「いやぁ~、川島さん。気持ちを吹っ切るために、潜ったけど・・」 「何を、吹っ切るつもりなんだ?」  川島が湯船の中に入って来た。彼は、俺と同じ群馬県出身。 「いや、そんなに深刻... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅥ 

     西日が傾き、辺りが薄暗くなってきた。 「もう、帰りましょうよ」 「うん、帰ろうか・・」  公園を離れ、地下鉄で新宿に出る。新宿駅は人の群れでごった返し、歩くのに苦労する。車内に並んで座れた。あまり話すことも無く、秦野駅に着いた。  駅から寮までぶらりと歩く。ほどよい距離だ。 「疲れたね。仕事に、... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅤ 

     彼女の願いは叶えたい。本能的に望んでいる。でも、恋を前提とするキスではない。 「うん、いいよ」  俺の心を騙している返事だった。 「・・・」  佐藤は体を寄せ、唇を近づけた。瞼をしっかり閉じている。 「・・・」  左手で彼女の肩を抱いた。唇を重ねる。俺の意識は、周りの景色も風も断ち切った。同伴喫... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅣ

     いや、初めてではない。前にひとりだけ連れて来た女の子がいる。でも、それは特別な感情を抱くことは無かった。むしろ、俺の憧れである妹的存在かもしれない。 「ひとつ、聞いてもいいかしら?」 「うっ、何を?」 「もし、もしよ。ん~、あのね」  佐藤は、言葉を探している。 「いいから、何でも聞いていいよ」... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅢ

     階段を下り、一階の普通席を見た。奥の席に目が流れる。楽しい時間を過ごしたはずの場所。 「どうしたの、金ちゃん?」  佐藤の声に、あの時間が幻のように消え去った。 「いいや、なんでもない・・」  外へ出ると、日差しが眩しく照らす。 「これから、どこへ行くの?」 「うん、例の議事堂前公園に行くよ」 ... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅡ 

     佐藤のショート・カットの髪を触る。 「佐藤さんの髪って、サラサラしているね」 「あ~、何よ。この感覚・・」  佐藤は気持ち良さそうに、頭を反らす。俺は触り続けた。 「もう、ダメ・・」  上気した顔に潤んだ瞳の彼女が、俺の顔を見詰める。俺は知らぬ顔で、アイス・コーヒーを飲んだ。 「もう、金ちゃんっ... 続きをみる

  •    偽りの恋 ⅩⅠ 

     レストランを出る。ぶらりと散策した。 「金ちゃん、あの洋風のお城は、何?」 「あ~、あれか。喫茶店だよ」  二年前に、入ったことがある。 「私、入ってみたい。行こうよ・・」  俺は迷った。 「行こうよ、ね?」  腕を掴まれ、仕方なく歩く。目の前に着いた。 「さあ、さあ、入ろう・・」  ほとんど、... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅹ 

     駅構内を歩き回った後、新宿駅西口に出る。あてもなく歩く。 「金ちゃん、どこかでお昼を食べようよ」 「そうだね。何が食べたい?」  前に、花園近くのピット・インにジャズを聴きに来たことがあった。その辺を歩き、適当な洋食レストランに入る。 「俺は、ビーフシチュウにするよ。佐藤さんは、何する?」 「私... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅸ  

    「これじゃぁ、座れそうもないね」 「私は、大丈夫よ」  各駅停車は辛い。停まるたびに、乗客が増える。終点の新宿駅近になると、身動きができない。俺と佐藤は密着したままだ。彼女の顔が、赤く火照る。 「もう直ぐ着くけど、我慢できるかな?」 「ええ、平気。金ちゃんは?」 「ああ、問題無いけど、妄想の中にい... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅷ 

     俺は返事を保留にする。彼は納得せず、気分を損ねたようだ。 「約束、でけへんのかい。金ちゃんは、へたれやな~」 「えっ? 屁をたれた? 俺が、そんなことするかい!」  坂本は、目を丸くして驚く。 「よう言うわ。ちゃうよ、へたれは根性無しの意味や・・」  俺は意味が分かり、笑ってしまった。 「アハハ... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅶ 

     正直に話すべきだろうか、俺は悩む。知り合ったばかりの人に、話すことでもないと考えた。 「いや、いないよ。恋なんて、ほとんどが片思いだろう。それに似た恋は、したことがあるけど」  佐藤は、顔色を窺う目で俺を見ている。 「そうかしら・・」 「ああ、そうだよ」  俺は、彼女の顔を直視する。瞳には、戸惑... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅵ 

     今日は休日なので、寮の食事は朝食だけ。昼と夜は各自で考える決まりだ。  四人は、公園の近くにある小さな洋食のレストランに入った。時間的に、店の中は空いていた。坂本の案で、別々のテーブルに座る。 「ここのオムライスが美味しいの、私はそれにするわ」  佐藤が勧める。 「うん、俺もそれにするよ」  若... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅴ 

     空は快晴だった。池の水面に爽やかな風が吹く。ただ、日差しは暑い。ボートが横に揺れると、佐藤は顔をしかめる。 「揺れるのが、怖いんだ?」 「ええ、怖いわ。だって、泳げないんだもん」  一瞬、俺の心に邪気が過る。遊び心で、ボートを揺すろうと考えた。 「そっか、でも転覆したら、俺が助けるよ」 「いいえ... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅳ 

     坂本が現れると、互いに名前を伝えた。 「ほな、金ちゃん行こうか~」 「えっ、どこへ?」  女の子が案内する近くの池らしい。そこは、歩いて行ける場所だ。 「金ちゃん、右の子は自分に任せるからな」  寮生活を始めて直ぐに、俺の名前を金ちゃんと呼ばれるようになった。誰が最初に呼んだのか、俺にも分からな... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅲ 

     夕食が終わっても、誰一人席を外す者はいなかった。この機会に、ぎこちない態度や話し方も薄れ、全員が打ち解ける。歳の差や境遇も関係ない寮の仲間になった。  ただ、それぞれの過去や価値観に対し、決して侵害しない暗黙の了解を俺は感じた。 《海外に生活を求めるには、それなりに理由が有るはずだ。その点、俺は... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅱ 

     入学式が終わり、学校の敷地内にある寄宿舎に戻った。二人部屋の同居者は、四国宇和島出身の佐川であった。俺より三歳年上である。二段ベッドが置かれ、佐川が先に上を選んだ。俺も上を望んでいたが、年下の俺は諦めるしかなかった。  同期生は二十人。二十二歳の俺が一番年下で、早稲田工学部出身の海田が二十七歳の... 続きをみる

  •    偽りの恋 Ⅰ 

     人の生き方が違うように、恋も人それぞれに異なる。  恋は甘くほろ苦い。胸が締め付けられ、切ない思いをするものだ。  常に相手の心に切々と迫る。時には、思わぬ相手から切望される。  恋は純粋な心の動き。多々ある恋から粛清されぬものが、愛を成就できる。  だから、恋は神が与えた人間特有の悟性。  た... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅧⅩⅡ 

     真美と同じく、明恵母さんもオヤジさんの考えを、読み取ってしまう。 「だから、明恵が近くにいるときは、余計なことを考えない」 「そうか、俺も注意しよう・・」  真美が嬉しそうに反応した。俺は背中に寒気を感じる。 「ダ~リン! 残念ね。私は、遠くでも感じるのよ」 「えっ、嘘だろう・・」 「洸輝さん、... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅧⅩⅠ 

    「確か、前に話したよね。仲の良い三人が、それぞれの子供を結婚させる話さ」 「ええ、聞きました。覚えています」  しかし、三人の選んだ道は、決してまっすぐな道ではなかった。ただ独り残った明恵母さんが、諦めかけていた約束を果たすことになる。それは、俺と真美の母親が、書き残した明恵母さん宛の手紙に関連し... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅧⅩ 

     駐車場に車を停め、公園の敷地内に入る。林に囲まれ人影が少なく、俺が想像した以上に静かな公園であった。  公園の中心に大きな池があり、その脇に日本風の小屋が見えた。 「お母さん、あれが東屋よ」 「へえ~、本格的で、凄いわね」 「トーマス小父さんも、ボランテアしたそうよ。職人さんの技能が直接に見られ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅨ 

    「はい、読んでみます。それに、欲しいものは、自分で買います」 「なに言ってんの、洸輝にはお金が無いでしょう」  真美が、意地悪そうに言う。でも、直ぐにウインクした。 「はい、はい、奥様。どうぞ、買ってください」  俺は丁寧に頭を下げて、お願いする。真美が笑顔で頷いた。 「あっ、詩もいいかもしれない... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅧ 

     テーブルの上は、瞬時に皿の山と化した。  食後、男性三人はコーヒーを飲む。真美と明恵母さんは、デザートのフルーツ・パフェを食べている。 「ところで、オヤジさんは神学校へ通ったけど、どうして?」  俺は、気になっていた。 「ああ、運命と宗教は非常に関連している。それを学びたくてね。運命や宿命は人間... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅦ 

     牧師のオヤジさんから問われるまま、ふたりは素直に答えた。 「それでは、指輪の交換をして下さい」  俺は一瞬固まる。 《しまった。指輪を用意していなかった。え~、どうしよう》 「トーマスオジサン、リング プリーズ!」 「オッケイ メッチェン」  後ろに控えていたトマース小父さんが、小箱を取り出した... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅥ 

     深まる秋の風に吹かれ、五人の思いが空へ舞う。トーマス小父さんも何かを呟き、胸の前で十字を切った。瞳に涙を浮かべている。 《トーマス小父さんって、優しい人なんだな。俺は好きになった》 「洸輝、ありがとう。彼も、あなたが好きだって思っているわ」 「そうか、もっと話せるといいね。頑張って、英語を覚えな... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅤ 

     車は市街地を出ると、幹線道路を走った。しばらくして、脇道にそれる。細い林道は、まるで紅葉のトンネルだった。 「凄いロマンチックな景色ね。あなたたちにぴったりよ」  明恵母さんがうっとりと眺め、隣に座る真美に呟いた。  トンネルをくぐり抜けると、前方の視界が広がった。そこは、広大な墓地である。片隅... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅣ 

     トーマス小父さんは親指を立て、大きな口を開けて笑った。 「どうしたの? 大騒ぎだこと・・」  明恵母さんが、真美の試着室から顔を見せる。 「いや、なんでもないよ。それで、真美さんの具合はどうかな?」 「ええ、ぴったりよ。とても綺麗で、可愛い花嫁になったわ」 「早く見たいもんだ・・」  オヤジさん... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅢ 

     トーマス小父さんの案内で、センターの中を歩く。日本と余り変わらない風景だ。真美が、落ち着かない俺を心配している。俺の手をしっかり握り、離さないでいた。 「さあ、ここよ」  目の前のお店は、レンタル・ショップであった。 「トーマス小父さんに頼んでいたの」 「えっ、何を?」  真美と明恵母さんが目を... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅡ 

    「この街は、デトロイトに近いでしょう。だから、デトロイトの工場地帯へ機材を運ぶ貨物車が通るの。この街だって、ケロッグの工場があるわ」 「なるほど、デトロイトは自動車産業で有名だよな」  オヤジさんが納得して、頷く。 「ケロッグと言えば、高崎にも工場が有るよね。施設の朝食で、良く食べさせられたな」 ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩⅠ

     部屋に戻った二人、食事会の高揚が続いていた。真美が英語を交えて喋り、俺の軽い脳は沈黙。ただ、理解できる範囲で、頷くしかなかった。 「どうしたの? 黙ったままで・・」 「いいや、聞いているだけで、十分だよ」 「あ~、分かった。他のことを、考えているのね」 「いいや、何も考えていないよ」 「いいえ、... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅦⅩ 

     そこへ明恵母さんとオヤジさんがやって来た。 「初めまして、真美の母です。それに父です」 「まあ、本当に? メッチェンは幸せになったのね」 「はい、私たちもです」  先生夫婦と母さんたちは、意気投合したようだ。俺は真美に呼ばれ、トーマス小父さんと三人で話し合う。 「洸輝、明日はママのお墓に行くけど... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅨ 

     着替えると、ホテルの外へ散策。 「本当に、静かで落ち着いた町だね」  真美の案内で、図書館や市役所を見て回る。風が冷たく感じ、真美が体を寄せて来た。 彼女の温もりが伝わる。 「でもね、独りになったときは、この静けさが怖かったわ。特に、夜になると、寂しくて泣いて過ごしたの」  真美の言葉に、小さな... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅧ 

     至ってシンプルなロビー。受付けで一枚の用紙にサインをする。サイン以外は、真美が書き込んだ。俺の名前の横にハズバンドと書かれていた。受付けの女性から、握手を求められる。 「えっ?」  俺は応じた。早口で何かを言われた。 「彼女、私の知り合いなの。結婚のお祝いを言ってるから、礼を答えれば・・」  真... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅦ 

     バトル・クリークに向かう道路は広く、対向車線を走る車が少なかった。周りの景色は紅葉が見事であった。 「本当に綺麗、想像以上の紅葉だわ。ねえ、あなた!」 「ああ、色が鮮やかだ・・」  オヤジさんが、ひっきりなしにカメラのシャッターを押す。 「でも、この紅葉の景色は、確か北海道東部の女満別空港の周辺... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅥ 

     こぢんまりしたロビー。二十人程度が座れる広さだった。一緒に降りた人たちは、地元の住人と思われる。迎えや駐車場の自家用車に乗って、姿を消してしまった。 「車が来たわよ。さあ、行きましょう」  外には、十人ほどが乗れるカーゴ車が待っていた。まるでクロネコ・ヤマト宅急便の車に似ている。 「ホ~ゥ、これ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅤ 

    「これから、国内線に乗り換えるのよ。洸輝、迷子にならないでね」  国内線のロビーから、国内線受付けに向かう。どこを見ても、外国人の顔ばかりだ。俺は恐怖を感じ始めた。 「どうした、洸輝君。先ほどから、キョロキョロと落ち着きが無いね」 「オヤジさん、ほとんど日本人らしき人が見当たりません」 「アハハ・... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅣ 

     フワフワと体が揺れガクンと着陸するまで、俺は生きた心地がしなかった。無事に着陸すると、俺は神仏に感謝する。 「洸輝、体が強張っているわよ。大丈夫?」 「ああ、平気だ。なんでもないさ」  俺は、真美に弱みを見せないよう強がった。 「うっそ、本当は怖がっていたわ。ふふ・・」 《確かに、そうだ。初めて... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅢ  

     機内の時間は、俺にとって随分長く感じられる。幾度も時計を確認。ただ、真美のお喋りが退屈を凌いでくれた。  早い夜が訪れ、軽い夜食後に機内の照明が落とされた。慣れない体のリズムが、目を覚ましたまま過ごす。真美と前のふたりは、静かに寝入っている。仕方なく、俺は耳にイヤホンをつけ、好きな音楽を選んで聴... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅡ 

     出国審査を終え、真美と明恵母さんが免税店を覗き回る。俺は真美が行く所は、常に一緒だ。出発までは、かなりの余裕があった。 「明恵母さん、意外に時間が有るんですね」 「そうね、いつもそうよ。疲れるでしょう」 「はい、行くまでに疲れました」  俺たちのフライト便がアナウンスされた。 「さあ、ゲートに行... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩⅠ 

     成田国際空港出発ロビーに到着。俺は、ただ三人の後を従うだけだ。頭の中は真っ白で、何も考えが及ばない。ANA航空のカウンターでチケットの手続き。旅行ケースを預けると、出発時間まで空港内を散策。  オヤジさんが早めの昼食を提案し、階上のレストランへ行く。滑走路が見える窓際に座った。 《旅行の間は、レ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅥⅩ 

     オヤジさんと俺が朝食をしてる間に、明恵母さんと真美が一緒に入浴。ふたりの笑い声が、浴室から響いてくる。俺とオヤジさんは、目を合わせ微笑む。  高崎駅までは、オヤジさんの商用車で行くことになった。  俺が旅行ケースを車に積み込んでいると、別人に見紛う真美が現れる。 《おっ! ワォ~、本当に真美なの... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅨ 

    「でもさ、真美が完全な英語を話すの、俺はまだ聞いてないよ」 「フフ・・、もし、喋ったら分かるの?」 「いや、分かる訳ないから、喋らなくてもいい・・」  楽しい時間が過ぎて行く。 「あら、もうこんな時間に・・。明日は早く出掛けるのよ。早く寝ましょう」 「そうだね。年寄りは、自然に早く目が覚めるが、若... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅧ 

     十日後、旅行の手続きが整った。出発の前日、家族全員で荷物の整理。あれだ、これだと大騒ぎ。俺は厳しい寒さに耐える衣服を準備する。 「まあ、驚いたわ。そんなに防寒具を持って行くの?」  明恵母さんが驚く。 「だって、この高崎よりもっと寒いって言うから、用意しておかないとね」 「大丈夫、少しオーバーに... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅦ 

    「ごめんね、大切な品物だったんだ」  それにしても、俺の持ち物は少ない。持っているものはガラクタばかりだった。 「そんなに、がっかりしないで・・。これからは、ふたりで揃えればいいのよ」 「でも、真美の家には、新しく買う物が無いよ。殆ど揃っているから・・」 《古くても趣のある家具だと思う。もったいな... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅥ 

    「う~ん、そうだね。仕事は暇だし、行くことにするかな」  嬉しそうに顔を綻ばせる明恵母さん。 「直ぐに旅行会社へ連絡して、日程を考えなければ。ねえ、真美・・」 「お母さんが一緒なのは、とても嬉しいけど・・。ちょっと残念な気がする」  真美が拗ねる真似をする。 「何が残念なのさぁ?」  意味が分から... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅤ  

    「いえ、叶わないものを待ち望むより、真相を早く知れて良かった。だから、明恵母さんは自分を責めないでください。母さんの死を明らかにしてくれて、ありがたく思っていますから・・」 「そうかしら・・」  明恵母さんは、済まなそうに顔を下に向ける。 「そうだね、洸輝君の言うとおりだ。いつまでも待ち続けるより... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅣ 

    「・・・」  真美は何も答えてくれなかった。 《真美よ、俺の心は変わらない。ごめんな・・》 「・・・」  俺はしばらく待ったが、諦めることにした。 「オヤジさん、一本頂きます」 「うん、沢山あるから、何本でも食べていいよ・・」  団子を食べながら、真美の様子を盗み見た。すると、怖々とみたらし団子に... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅢ 

     明恵母さんの言葉に、真美は事情が分からずキョトンとしている。 「奥さん、どうしますか? 俺の靴を脱がしてください」  ハッと気付き、まんまと謀られたことを知った。 「あら、ダ~リン! お手伝いしますわ」  俺の服を脱がせようとする。これには焦った。 「わ、分かったよ。ご免、ご免、謝るから・・」 ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅡ 

     やはり、真美は俺の心を読んでいた。 「そんな見え透いた考え、許すと思うなら大間違いよ」 「えっ、俺は何も考えていないぞ」  頬を膨らませ俺の前に立ち塞がる。そして、胸の前で腕を組み、上目使いで身構えた。 《ほ~ぅ、なんて、可愛い仕草をするんだ。う~ん、参ったなぁ。ふふ・・》  彼女の膨らんだ頬を... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩⅠ 

     狭い墓地内の中ほどに、その墓石が建てられていた。 《そうか・・。母さんは、ここに納められているんだ。やっと会えたね》  だが、記憶に残る僅かな温もりを、もう確かめることができない。その記憶が逃げないように、線香を持たない右手の拳を固く握りしめた。  その様子を察した真美が、握りしめる拳を両手で覆... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅤⅩ 

     確かに、何も疑わず導かれるまま、ここに来ている。 「不思議なことに、主人が骨壺を納めようとしたとき、声無き声が主人の体へ伝わったそうよ・・」 「・・・」  俺は目を見開き、ただ呆然と聞き入るだけだ。 《あのチラシだけど、アパートの郵便受けに挟まっていた。他の住人には挟まっていないので、俺は訝しく... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅨ 

     明恵母さんは、前屈みになり両肘をテーブルに置く。こめかみを両手の親指で軽く摩る仕草。おそらく、昔を懐かしむ思い出ではない記憶を、無理やりに心底から引きずり出すのであろう。  両肘の間から、苦渋に満ちた声が聞こえてきた。俺と真美は、耳をそばだてる。 「新潟の角田岬灯台の近く・・だった。圧倒的に迫り... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅧ 

    「何が、知りたいの?」 「ええ、ん~、実は、母さんのお墓を知りたい。それに、母さんの最後の場所・・」  心の奥にわだかまりを感じているせいか、俺はぎこちなく話す。 「お母さん! 私たちの結婚をお墓で報告したいの。それと、その命を絶った場所へ行き、彼の母親へのこだわりを整理させたいと思っているわ」 ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅦ 

     明恵母さんは、朝から待っていたらしい。家の前に車を停めると、直ぐ玄関口に顔を覗かせた。 「いつ来るかと、落ち着かなかったわ。お帰りなさい」  その様子に俺と真美は、顔を綻ばせる。 「ただいま、お母さん!」  真美は、明恵母さんに抱きついた。俺は、目を合わせ軽く頷く。 「お昼は食べたの? お腹、空... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅥ 

     ふたりは黙々と食べた。話をする暇も無く食べ終わる。 「ふぅ~、食べた、食べた。満足したよ」 「そうね。でも、デザートが食べたいな。洸輝は?」 「え~、まだ食べるの?」 「当たり前でしょう。デザートを食べなければ、食事が終わりと言えないわ。私はマンゴー・パフェにする」  デザートの名前を聞いた途端... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅤ 

     俺は肉の脂が苦手だ。250gの特大ヒレステーキを注文した。真美も負けずに注文。 「真美、本当に大丈夫か?」 「平気よ。お金も胃袋も・・、安心して食べなさい」  真美は、店内を見渡し、何故か嬉しそうな様子。 「どうして、そんなに嬉しそうな顔を、しているんだい?」 「んん、だって、今までは来れなかっ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅣ 

     ふたりは観音様を見上げる。 《こうべを少し垂れ、優しい眼差しで見詰める顔。ふっくらとした顔は、真美に似ているなぁ。とても綺麗で美しい》 「いや、それほどでも・・」 「え、何が?」 「ママたちもここに来て、何かを願ったんでしょうね」 「うん、そうかも・・。さあ、帰ろうか?」 「ええ、帰りましょう。... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅢ 

     観音山忠霊塔前の駐車場に車を停めた。ここから眺める高崎市の街並み。陽に輝く市街地と前に流れる烏川。四季折々の景色は美しい。俺は好きだった。  高崎白衣観音まで歩くことにした。参道は平日のため車両が通行可能。意外に車の往来が激しい。歩いている人影は見えなかった。ふたりだけだ。 「もう、紅葉が終わる... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅡ 

    「ご、ごめん。どうか、機嫌を直して・・」  俺は手を合わせ、拝む仕草で謝る。何気なくバック・ミラーに目をやると、真美の目に遭遇。ミラーの位置を俺に合わせていたようだ。 「えっ! なんで?」  俺は驚き、彼女の横顔に目を移した。その横顔は、前を見ながら笑いを堪えている。 「うふふ・・」  俺のジャン... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩⅠ 

    「もしかして、車の中にいる人かい? 」 「ああ、そうです」 「凄い別嬪さんだね。女優の誰かに似ているなぁ。本当に結婚するのかい?」  社長は疑い、興味津々に車の真美を見る。 「真美! こっちに来てよ・・」  俺は真美を呼んだ。 「社長が、信じてくれないんだ。俺たちの結婚を・・」  彼女は車から降り... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅣⅩ 

     食事をしながら、俺の心を読む真美。涙がホットケーキの上に零れ落ちる。真美が手の甲でふき取り、俺を直視した。 「ねえ、洸輝・・」 「ん?」 「明恵母さんから、お母さんのお墓を聞けるかしら? それに身を投げた場所も・・」 「え、何故だい?」 「だって、あなたはお母さんを恨み、自分の不幸をお母さんの所... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅨ 

     腹が減って、我武者羅にハム・エッグを食べようとした。 「オウ、マイ ダーリン! 先に野菜を食べてから・・」  差し出した手を叩き、眉をひそめて注意する。 「えっ?」  俺は一瞬たじろぐ。 「だって、健康は大事よ。長生きしてね。もう、独りになりたくない・・から」 「うん、そうするよ」  俺は素直に... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅧ 

     俺は裸の真美を、怖々と抱きしめる。 《これは幻ではない。本当に、現実なんだ・・。この温もり、真美の温もりが愛しい》 「ええ、幻想じゃないわ。漸く・・、独りの生活から抜け出せた。私は幸せよ・・」 「そうさ、これからは独りじゃない。それに、俺も自分の存在を認め、生きる意識が持てそうだ。真美のお陰だよ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅦ 

    「君は、このことを知っていたのかい?」 「ええ、知っていたわ。でも、運命の人があなたとは分からなかった」  確かに真美の言うとおりだ。偶然としか思えない。 「そうだね。この二日間が目まぐるしく感じる。精神的に参ったよ」 「洸輝・・、メランコリーにならないでね。心配だわ」 《メランコリー? あっ、そ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅥ 

     明恵母さんが懐妊した喜びを、手紙に認め送ったらしい。俺の母親についても、書かれていた。ただ、三人の交流は徐々に薄れ、便りが遠退く。真美の母親は、寂しさを日記に綴るようになった。  その後、懐妊した真美の母親が、ふたりの親友宛に報告の便りを送る。だが、返事が来ない。  数か月後に、漸く明恵母さんか... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅤ 

    「あ、あ~、真美・・」  真美の後ろ姿を見ながら、今の俺には彼女の温もりが必要だと感じた。いや、単なる温もりではない。彼女が愛しい存在となった。 《待てよ。これでは真美の思い通りだ。冷静に、冷静にならねば・・》 「いいのよ。冷静にならなくても、私が必要なんでしょう」  部屋から戻った真美が、微笑み... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅣ

    「防寒具だなんて、可笑しな表現だね。確かに温かいよ」 「でしょう~。気にいったかしら」  ますます密着する。 「勿論さ。最高級の防寒具だ! アッハハ・・」 「うふふ・・」 「ところで、明恵母さんの秘めた過去だけど・・」  室内に流れていた和やかな空気が、一瞬に滞り真美の顔が沈む。俺の左手は、彼女の... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅢ

     半時後、別れを告げ箕郷に向かった。  運転する真美が、前方に注意を払いながら、意外なことを俺に告げる。 「ねえ、洸輝。実は・・、お母さんの心が、読めてしまったの。お母さんの心、とても悲しく辛い過去を持っている・・わ」  俺は信じられず、真美の横顔を見詰めた。彼女の頬に涙が零れ落ちる。俺は咄嗟に右... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅡ 

    「でもね、お母さん! 不思議なことに、これは急に感じたの。それも、洸輝だけよ」  真美は俺の顔を見ながら、明恵母さんに打ち明ける。 「あら、そうなの・・。私も初めて主人に会ったとき、主人の心が読めたわ」 「えっ、嘘だろう? 本当かい?」  オヤジさんが、素っ頓狂な声を上げた。 「うふふ・・、本当よ... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩⅠ

    「ご免なさいね。早く引き取るべきだった。随分、迷ったの。あなたのお母さんが、迎えに来ると思って・・。あなたが小学生になってから、密かに通い続けたわ」 「ええ、誰だか分からないけど、俺を見ている人がいると感じていた。ある時、仲間のヤッちゃんが、その人に声を掛けたら逃げちゃったらしい」 《俺は母親と思... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅢⅩ 

    「何を騒いでいるの?」 「洸輝がお母さんって、呼べないらしいの。お母さんは、なんて呼ばれたい?」 「え~、そうね。明恵さんでもいいわ」  真美の瞳が輝く。俺は嫌な予感がした。 「それなら、明恵母さんと呼んだら・・、どうかしら?」 「まあ! 真美らしい発想ね。私は、それでいいわよ」 「それで決まりね... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅨ 

    「今日は、夕飯までいなさい。洸輝君は、主人と仕事の話があるでしょうから・・。真美は私の手伝いをしてね?」 「もちろん、喜んでするわ。料理をたくさん教えてね、お母さん?」  ふたりは腕を絡ませ、楽しい雰囲気でキッチンへ行く。俺だって、甘えたい気分だった。 《自分の性格に、もどかしく情けない思いだ。屈... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅧ 

    「子供を嫌う母親なんていないはず。あなたの幸せを考え、已む無い気持ちで施設へ預けたと思うわ。私が知るあなたのお母さんは、洸輝君と同じに心が優しかった」 《俺は信じない。絶対に信じない。二十五年間も音沙汰が無いじゃないか。たった一度も顔を見せていない。どんなに苦しい生活をしていようが、嫌いでなければ... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅦ 

    「真美、これは俺だけの問題じゃない。俺と一緒にやろう」  彼女は俺の気持ちを理解する。ふたりで他のロウソクを灯す。新しい家族四人は、灯されたロウソクを見詰めた。 「さあ、みんなで一緒に消してから、ケーキ―を食べましょう」  真美が音頭を取って、一斉に息を吹きかける。消えたロウソクから、四本の煙が立... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅥ 

    「それで、いつからお店に来れるかな?」 「明日の朝、バイト先に辞める連絡をして、早めに行けると思いますが」 「そう、分かった。仕事の内容や給料などの話は、その時にするね」 「はい、宜しくお願いします」  座ったまま頭を下げた。本当に働けるんだと思うと、喜びに心が揺れる。 「良かったね、洸輝。しっか... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅤ 

    「さて、洸輝君の率直な意見を聞こう。どうかな?」  俺の心は彷徨っている。家族の絆が意図する意味を、漠然と理解するも不自然さを感じた。 《家族なんて、なんだ。絆の結び目が解ければ、簡単にバラバラだ。二十数年間、誰も手を差し伸べない》 「ん? 俺には、自分の存在自体が理解できないんだ。何を目的に生ま... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅣ 

     突然に箸を置いた真美が、奥さんの顔を直視する。 「私たちを子供にして・・、お願い」  真美の言葉に、三人の箸が止まる。 「さっき、料理の手伝いをしながら、これが親子なんだろうなぁ、と思ったわ。楽しく幸せな雰囲気に憧れを感じたの」  俺の脳は、真美の言葉に揺さぶられた。 「ええ、私は構わない。あな... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅢ 

     俺にとって、家族の絆はゼロだ。求めることもできない。親の顔や性格も知らない。もし、知る機会があっても、俺は断るつもりだ。今更知って、なんの意味も無い。ただ、混迷するだけで、なんの得にもならない。 「先生、家族の絆が運命であれば、絆の無い俺の運命は、どの様に考えればいいのですか?」 「いや、良く考... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅡ 

    「私と洸輝の運命は、どうなの? 約束があったから、ママが夢に現れたのでは・・」  真美は夢に現れた母親が、あの講義に参加を勧めたと思っている。 《俺は、自分の過去を知り、自暴自棄に陥っている。このまま生きても、碌な人生が有る訳ない。道に迷い、左右どちらを選んでも結果は同じだ。悪いに決まっているよ》... 続きをみる

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  •    謂れ無き存在 ⅡⅩⅠ 

    「ふふ・・、あなたたちのお母さんは、私の友達なの。高校の同級生で、三年間とても仲良しだったわ」  笑顔だった表情が、愁いに変わり俺たちを見詰める。 「卒業後、しばらくの間は親しく連絡を取っていたけど・・。徐々に其々の道を歩み、連絡が取れなくなったの。風の便りで、元気に過ごしていることは知っていたわ... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅡⅩ 

     朝食を済ませ、早めに家を出た。今日の真美の運転は、昨日よりリッラクスしている。俺は落ち着いて座ることができた。講師の家まで、他愛ない会話をする。箕郷から下り、高崎市街地に戻る。国道17号に出て烏川沿いを走り、和田橋を渡って護国神社の近くにやって来た。  説明通りに左折する。直ぐに探すことができた... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅩⅨ 

     目覚めると、真美は既に起きていた。キッチンからカタコトと音が聞こえる。顔を覗かせると、直ぐに気付き笑顔で挨拶してきた。 「おはよう、朝食の支度ができたから、早く顔を洗ってね」 「やあ、おはよう・・」 「着替えを、ベッドの横に用意してあるわ」 「えっ、着替え?」  俺は、急いで顔を洗い、寝室へ行く... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅩⅧ 

     確かに真美の意見は、正しいと思う。余計な詮索は必要ない。 「そうだね。俺は愛に飢えていた時期もあった。でも、大人になるにつれ、愛に不信感を抱き、求めないことにした。だって、いくら求めても、結果的に虚しくなるだけだ」 「私も虚しく悲しい時間を過ごしたわ。誰も傍に居なくて、幸せを感じなかった。とても... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅩⅦ 

     秋の夜は冷える。真美に上掛け布団を掛け、俺も横になった。真美が甘えるように寄り添う。芳しい香りが俺の肺を満たす。 「明日、先生に何を聞くつもりだい?」 「うん、夢のこと・・。できれば、夢に現れる人が誰なのか、知りたいの」  間近で話す真美の息が、俺の顔に温かく触れる。果たして、俺の息は大丈夫だろ... 続きをみる

  •    謂れ無き存在 ⅩⅥ 

     俺は彼女の手を取ると、諭すように話し始める。 「真美、いいかな?」 「な~にぃ? そんな怖い顔をして」 「真面目な話だから、最後まで聞いてね」 「・・・」 「セミナーから始まったふたりの出会い。あっという間に、親密な関係になってしまったね。事実、ゆっくりと考える時間さえ無く、戸惑いを感じ先々のこ... 続きをみる