恵沢の絆 Ⅱ
単車に乗る時は、兄とお揃いの皮のヘルメット。白いウサギの毛が縁取られ、風で顔の肌をくすぐる。私の楽しそうな姿を、羨ましそうに見送る七つ上の姉。その姉も、恐らく寂しい日々を送っていたはずである。
夏休みの姉が、不意に保育園へ私を迎えに来た。園長から早退の許しを得ると、俯くままに私の手を握る。姉が通う東小の校門の前。突如、姉が泣き出し、私を抱きしめて放さない。
「ごめん。姉ちゃんが悪いの。ごめんね・・」
「姉ちゃん、苦しいよ。ねぇ、放してょ~。く、苦しいんだからさぁ・・」
「ごめん、ごめん。あそこを・・、見て!」
姉は私を離してから、道路の中央を指で示す。そこには、五歳の私でも理解できる、血の痕跡が生々しく見えた。
「なんの血なの?」
私は不思議な感覚で見詰め、姉に尋ねた。
「うん・・、あれは・・ね。チロの・・血よ」
「えっ、どうして?」
「車に撥ねられて、死んじゃったの。校庭で遊んでいたのに、急に門の外へ・・」
「バカ、バカ、姉ちゃんのバカ! 姉ちゃんなんか大嫌いだ!」
私は大声で叫びながら、家へ走り帰った。
それ以来、姉を疎ましく思う。些細なことでも、口喧嘩をした。時には、姉の学生カバンを外へ放り投げたこともあった。だが、中学生になった姉は、哀しい顔を見せても母の代わりに世話をする。その姿に、私の幼心は切なさを感じ後悔した。
母は日増しに痩せ衰えて行く。私の知る母の姿であったが、兄や姉は元気な体の母の姿を知っていた。私には想像がつかない。
兄は常に母を労り、母の悲しみや苦しみを共有していた。それを、密かに心の奥に抱きしめている。
兄が小学五年生の時に、三歳下の弟が理不尽な理由で引き裂かれた。気弱な父は、いとこである妻の実母から、母の妹夫婦へ半ば強制的に養子縁組させられた。実母は常に妹を弱愛し、女学校まで通わせる。母は無慈悲な実母を恨んだ。
母は時折、約束事を破り、次男が通う小学校へ行く。校門の陰からこっそりと見詰めていた。その度に、実母と妹から叱られたという。その母の姿と心中を、兄だけが知っている。
母の心の傷が癒されないまま、次の悲しみが重なるように起きてしまった。
兄のすさぶ時代の少年期。十五歳の兄にとって、心を慰める唯一の妹が死んだ。あどけない五歳の八重子が、町内の子供に鉄の塊で胸を強打されたからだ。
戦時のため、まともな治療を受けられずに亡くなった。慈しむ心を打ち砕かれた兄は、母の苦衷を深く心に受け止め、無情の世を愁いたのである。