恵沢の絆 Ⅷ
「僕は、この印刷会社を始めて、良かったと思っているんだ。オヤジさんが一番満足している。自分の仕事のように、生き生きとしているだろう」
「じゃあ、兄ちゃんの生きがいは・・?」
「もちろん、ボーイ・スカウトだろうなぁ。この十五年、色々なことを学び教えられた。それに、会社を始めるきっかけにもなったからね」
「あとは、お嫁さんを探すことだけ・・」
「アッハハ・・、そうだな・・」
私は、素直に謝った。
「いや、いいよ。些細なことで弱気なり、挫けてしまう人が多い。自分が納得するまで行動する。これからの時代は、必要なのかもしれん。お前のように・・。しかしな、準備しないで適当に行動するのは、好ましくない。備えよ常にだ!」
「うん、綿密な計画、大胆な行動だね・・」
「そうだ! とにかく、お前も高校へは行くべし。僕だって学歴のことが、一番悔しい思いをしている。頭は決して悪くないのに、残念なことさ。ワッハハ・・」
兄の豪快な笑い声に、父が工場から顔を覗かせる。
「最後に、もう一言。産まれてきたこと、この世に生きることは、毎日が奇跡の連続だ。だから、産まれたことに感謝。大切に生きる。老いて死ぬ時に、嘆き悲しまず後悔しない。僕と洋子ちゃんは、お前と奇跡の絆で結ばれているんだよ」
後ろ向きに片手を振りながら、工場へ行ってしまった。しばらくの間、兄の言葉を心の中で繰り返し考えた。
ブラジルの細江先生宛に、自分の思いを素直に書いて送る。夏休みが終わり新学期が始まったが、私は進学先を決めかねていた。九月の半ばに、縁取りが黄色と青色のエア・メールが届く。差出人は細江先生であった。私は急ぎ開封する。
文面を一字一句漏らさずに読む。先生の優しい言葉がびっしりと書かれてあった。残念なことに、今後のスカウト移住は継続されない。ブラジルは農業から工業へと変わり、工業知識のある人を優先的に移住させるという。
「ブラジルに移住したいと思うなら、工業移住の道を選びなさい。微力ですが、協力を惜しみません。金井君に会えることを、楽しみに待っていますよ。細江より」
私は、工業高校の電子科に受験を決める。翌年に、兄は結婚した。姉も直ぐに結婚して東京へ。私は予定の工業高校に合格できた。高崎駅近くに移った兄の印刷工場から、高校へ通う。保証されていない夢の実現に、前を向いて歩くしか方法はなかった。
それから八年後、私は工業技術移住の資格でブラジルへ渡ることができた。だが、細江先生の診療所は閉鎖され、近郊の別荘で療養中であった。その後、生活に慣れるまで時間が過ぎてゆく。
私は、知り合いの紹介で日本人宅に下宿を替える。すると、下宿先の子供が日系スカウトのカラムル隊に所属していた。後日、その集会に参加する。日系二世のワタセ隊長を紹介され、隊長に細江先生の消息を尋ねた。
「それなら、来週の日曜日にカラムル隊が訪問するよ。一緒に行きますか?」
「もちろん、同行させてください」