恵沢の絆 Ⅹ
数年後、日系三世の女性と結婚し、三人の子の父親になる。
残念なことに、私が望んだスカウトの開拓農場は既に閉鎖されていた。先輩たちは、其々に活躍できる日系社会の職場で働いている。私は、数人の先輩と日系子弟のボーイ・スカウト隊を結成。私が初代の隊長となった。
大自然を活用するブラジルのキャンプは、特に厳しい規制はない。日本ではとても考えられない環境であった。もちろん、危険が伴う毒蜘蛛(タランチュラ)や毒蛇が潜んでいる。隊長として、最善の注意を必要とした。
スカウトの子供たちが寝静まった後、焚火の暖を取りながらコーヒーを飲む。見上げる夜空には、限りない数の星が降り注ぐ。山の静寂に焚火の弾ける音、自分の呼吸だけが生を感じさせた。
地区のリーダー会議に出席。アメリカ、イギリス、ルーマニアなどの出身者が参加する。特に親しくなったイギリス出身の友人に誘われ、イギリス人子弟の学校へ訪問したこともあった。ルーマニアの神父が口ずさむ曲は、懐かしい日本の曲。
不安な気持ちでブラジルへ移住したが、生活も安定し平穏な日々が続く。そんな時、七十六年周期のハレーすい星が地球に再接近。私は子供たちにすい星を見せるため、郊外のヤクルト農場へ出掛けた。
周りには民家も無く、真っ暗だ。星だけがチカチカと光り輝いている。天体望遠鏡で覗くが、今回のすい星は尾がはっきりしていない。ようやく、綿菓子の塊のようなすい星を発見。
「すい星は、大事な人を連れ去るという話があるんだよ」
「え~、信じられない・・」
「もちろん、それは迷信だよ」
それから数か月後の六月。ブラジルは真冬の季節。居間でテレビを観ているときに、電話が鳴り響いた。受話器を耳に当てると、国際電話のオペレターが日本からと伝えた。
「もし、もし・・、輝久かい?」
年老いた父の弱々しい声が聞こえてきた。
「うん、俺だけど・・」
「・・・」
「オヤジさん、何か用なの?」
「よ、洋子が・・」
姉、洋子の顔を思い浮かべる。
「えっ、姉ちゃんが、どうしたって?」
「輝ちゃん?」
父の代わりに、兄の声が耳に伝わった。
「うん、そうだよ。姉ちゃんに、何があったの?」
「実は、二ヵ月前の四月に、病院で亡くなっているんだ」
「な、何? どうして? なんで?」
突然のことに、私の脳は歯車がかみ合わない。思い浮かべた姉の顔が、夢幻として消えた。