嫌われしもの 遥かな旅 ⅢⅩ
「ワシの話を聞いてくれ! ワシらの仲間には、危険を素早く感知する能力と、いかなる環境にも耐える体質が備わっている。それが三億年という長い時代を、生き延びてきた証明だ。これこそ、神から与えられた本能だ」
「だから、なんだって言うのだ。それは過去の話ではないか」
「そうよ、そうよ。過去の話だわ。現実を考えてみなさいよ」
「大昔には、殺虫剤スプレーなんて無なかった。憎き人間どもは、俺たちを殺すためなら金は惜しまない。常に新しい薬品を開発している」
会場のあちらこちらから、ヒソヒソ話が起きた。
「そうだわ。二ヵ月前に、私の妹家族が新開発の仲間ホイホイという罠に誘われ、一家全員が殺されたばかりよ。可哀そうに、悔しくて仕方ないわ」
「私たちを不潔と決めつけるけど、本来は人間自身が不潔にした場所よ。私たちは、ただ歩き回って食事をしているだけよ。食中毒を引き起こすサルモネラ菌だって、原因は人間の不手際で作られたもの」
「そうだ、そうだ。その責任を俺たちに押しつけている!」
ワシは触角をピーンと広げ、会場の意見に耳を集中させた。
「リーダー、リーダー。眠ってはダメですよ。起きてください」
やがて、会場の不満の声が下火になり、ワシの意見を待った。
「皆の言うとおりだ。だが、人間どもは永遠に勝てない存在だ。ワシだって、悲しく悔しいと思っている。これが現実であり、認める必要がある。この情勢は、ワシらだけではない。地球上の多くの生き物が感じていることだ。
ワシらの命は、人間どもより少ない。長くて数年だ。この限られた命を大切に守り、少しでも多く生き抜くことが重要だと思わないか? 人間どもに勝てない戦を仕掛け、早く死ぬことを望むか? ワシは決して望まないぞ」
一息入れて、ワシ個人のことを話すべきか迷ったが、黒ピカを見て決心する。
「ワシ自身の話だが・・、支部の任務で旅に出た。その間に、最初の妻と子供たちが、人間どもの武器で無残に殺された。愛しい子供たちに生きる喜びを教え、生きた証を残してやれなかった。ワシが生きている限り、我が子を忘れず悔み続けるだろう。
仲間たちよ! そんな思いをしたくなければ、人間との係わりを避け、仲間だけの社会に生きれば良い!」
《黒ピカよ! お前の兄弟のことだ。すまん・・》
ヤツはワシから目を離さない。黒ピカの目から一滴の涙が零れ落ちる。
「もし、地球最後の日が訪れたとき、未来の方舟にワシらの子孫が忍び込む。そして、人間どもと地球を脱出する。ワシら嫌われしものが、人間の英知を利用して共に生き延びたことになる。戦わず、ワシら仲間の勝利だ。
最後になるが、天命まで生きること、ワシの夢であり希望でもある。可能なら、愛する妻のそばで・・。ワシはそれで十分満足だ」
講演が終わり、ワシは壇上から下りた。通訳の声が、なぜか遠くに聞こえる。頭がボーッとして足に力が入らない。黒ピカに近寄ろうとしたとき、不意に目の前が暗くなった。