漂泊の慕情 Ⅴ
「初めまして、突然にごめんなさいね」
「いいえ、こちらこそ・・」
彼の姉は、背がすらりとして穏やかに話す人であった。想像したとおり、顔の輪郭や性格が彼に良く似ている。その所為か、初めて会うにしては緊張することも無く、意気投合することができた。
友人から届いた手紙を、姉に見せる。彼女は手紙の内容に大きく息を吸い、驚きの表情を面に出した。
「こ、これは・・。私も知りませんでした。あ~、なんてことでしょう」
「ええ、私もこの手紙に驚きました。早く、封を開けるべきでした。遅くなって、ごめんなさい」
「いいえ、いいのよ。私こそ、気付けなかったことですもの」
私は次の言葉が出せず、黙ってカップの紅茶を口に含む。口の中に紅茶の渋さと香りが漂う。姉の顔の表情を静かに眺めた。便箋の文字を幾度も確認して、遠くの記憶を呼び戻そうとしている様子だった。
友人の手紙には、彼が時々めまいや耳鳴りの症状を起こし、自分の影が薄くなると相談してきた。病院の精密検査の結果、特に異常は見当たらないと診断。
彼の話では、幼い時からこの症状に悩まされていたという。特に顕著に表れたのが、大学の二年の夏休みだった。鋭い耳鳴りと共に、自分の影が完全に消えた。それは一瞬だったらしい。
ただ、それ以来は、何も起こらず由々しい問題と考えなかった。特に私と交際を始めてからは、夢物語として捉え忘れかけていた。
私と最後に会ったあの日の前夜に、恐れた事象が再び起きたという。前途を失望し、考え抜いた結果に別れを決意したようだ。
「確かに幼少の弟は、常々具合が悪く通院を繰り返していたわ。両親や学校の先生も、欠席は仮病と疑っていた。あ~ぁ、どうしましょう。私も彼の言葉を、まともに受け取らず茶化していたのよ。弟の心は、傷ついたでしょうね・・」
私は姉の言葉が、とても辛く悲しい叫びに聞こえる。私だって、同様に考えたかも知れない。心が落ち込む。
「でも、私に一言でも明かして欲しかった。私は、今でも愛しています。解決できなくても、慰めることができたかも・・。私は彼を探します。必ず見つけますわ」
「ええ、ありがとう。私も弟を探してみるわ。時々、連絡をしましょうね」
しばらく、雑談をした後に別れた。
「見つけたら、必ず弟を助けてあげてね。あなたと結婚ができれば、弟は幸せになるはず。私はそう願っているけど、あなたは嫌かしら・・」
「いいえ、彼さえ良ければ、結婚したいと思っています」
別れ際に姉から告げられ、私の心意を告げることができた。