嫌われしもの 遥かな旅 Ⅴ
夏の虫たちの『リ~ン、リ~ン』と軽やかな音色だけが聞こえる。静かな夜に戻った。
「黒ピカよ! ワシは決めたぞ」
ふと心に浮かんだ案を、出し抜けに告げる。黒ピカは驚き、ピョッコと飛び跳ねた。
「えっ、えっ、何を決めたのですか?」
「渡航方法だ! 近くの烏川から利根川を経て、途中の江戸川を抜け東京湾に出る。それから、潮風を利用して横浜港へ向かう。横浜港から南米行きの貨物船に乗る計画だ」
黒ピカには、想像もつかない。ぼーっと聞いているだけだ。
「それも、今すぐに実行だ。グズグズするな、さあ、行くぞ!」
「ま、待ってください。な、何で川を下るのですか?」
「葉だ。葉のヨットを作って下るのさ」
「歯? 歯ですか? どこの歯医者でヨットを・・」
黒ピカは、イメージが思い浮かばない。ヤツの唖然とした顔に、ワシは愉快で笑ってしまった。
「あっはは・・。お前には想像もつかない案だろう。虫歯の歯ではない。木の葉っぱだよ。やや大きい葉をヨット代わりに浮かべる。鳥や川魚に注意しながら川を下るのさ。これが一番安心で、早く行ける方法だ。ワシの頭は賢いと思わないか?」
「なるヘソ・・。ところで、食事は・・?」
「お前の頭の中は、食べることだけか? 先にしっかりと食べておけ! 水は捨てるほど周りにある。それで、十分だろう・・」
「え~、そんなのないよ~」
「じゃぁ、一緒に行かなくても結構だ。ワシひとりで行くからな・・」
ごねる黒ピカを置いて、ワシはさっさと烏川へ向かった。
「嫌だ~。我慢するから、置いて行かないでぇ~」
一時間ほどで、烏川に辿り着く。川辺でヨットらしい葉を物色した。良さそうな葉を見つけると、二匹で持ち上げ川面に浮かべる。
「黒ピカ! さあ、先に飛び乗れ」
ヤツは尻込みしながら、触角を震わせた。
「リーダー、どうしよう。あ~ぁ、ジャンプした経験はあるけど、飛んだことは一度もありませんよ・・」
「何を弱気なことを言っておる。三億年前の代々先祖様(プロトファスマ)は、地球上の生き物で最初に空を飛んだ種族だ。その血筋を受けているお前は、必ず飛べる。だから、自信を持って飛べ!」
「でも、川に落ちたら・・、死んじゃうな。あ~ぁ、怖いよ~」
「ブツブツ言わずに、早くしろ!」
「分かりましたよ! 飛びますよ! 飛べば宜しいんでしょう・・」
黒ピカは、震えながらも捨て鉢になり、翅を大きく広げた。清水の舞台から飛び降りるつもりで、パッと空へ舞った。だが、ヨットの上をバタバタと飛び回り、簡単に乗れそうもない。