嫌われしもの 遥かな旅 ⅢⅩⅧ
ワシは相手にしない。目を閉じ、現実には有りえないことを脳裏に描く。
《神様から不死の体に大きな翅を与えられ、空高く遠くへと飛び回る。もちろん、マリアブリータのブラジルへ・・。むふふ・・》
「うう・・。リーダー、起きてください。寒・・い・・よ~」
ぐっすりと寝てしまったワシを、懸命に黒ピカが揺り起こした。
「むむ・・、なんだ! 最高の夢を見ていたのに・・」
「寒くて、腹が減って、死にそうです」
「一万メートル上空を飛んでいる。寒いのは当たり前だ。人間どもは死んでしまうが、ワシらは平気だ。たった、十時間だけ耐えろ!」
「え~、十時間ですか?」
「そうだ! 楽しい夢を見ていれば、時間が過ぎる。次は、インド洋の楽園モルディブだ。だが、降りない」
「もう、いいです」
ヤツは不貞腐れた態度を見せた。
やがて、モルディブ空港に到着した。機体の下が開く。南の楽園らしい爽やかな風が、貨物室に吹き込んだ。
「リーダー、地獄から天国に降りたようですね。あ~ぁ、気持ちがいい。ゴキジョージのハワイは、こんな感じですよね」
「うん、こんな感じだ。ワシは日本へ帰ったら、ゴキ江と一緒に南の島で暮らす」
黒ピカが、信じられない顔で聞く。
「えっ、どこの天国ですか?」
「天国ではない! ワシは、まだ死なない。いや、天国へ行くための島かも・・。ゴキ江と相談してから、決める予定だ」
すると、ヤツはワシの触角を強く引っ張り、真剣になる。
「決まったら、必ずオイラに教えてください。オイラは親に何もできなかった。だから、リーダーに恩返しをしたい」
「な、な、なんだ・・」
《何を言う。ワシは・・、お前に親らしいことを、何もできなかった》
ワシは、どのように受け止め、なんと答えれば良いのか心が痛む。
「ねえ、リーダー! 構わないでしょう。だめですか?」
「む、むむ・・」
「だめでもいいです。オイラは勝手にやりますから・・」
その瞬間、貨物室の扉が閉まる。黒ピカの嫌いなジェット音が、二匹の会話を消し去った。滑走路から、再び日本に向けて飛び立つ。
黒ピカが怖さと寒さに耐えている間、ワシは涙を必死に堪え続けた。