謂れ無き存在 ⅩⅠ
俺は、間違いなく夢の中にいる。ナポリタンの味がする夢の中だ。こんな夢物語が、現実に在り得る訳がない。
たった数時間前に出会って、愛を語り。初めて抱く女性の体。官能的なくちづけ。
《夢なら覚めないで欲しい。真美が幻でなく、本当の真美であって欲しい》
「洸輝、ねえ、洸輝! どうしたの? ボーっとして」
《あっ、声がする》
真美が俺の鼻を二度ほど小突く。
「ん? なんだ? 俺は・・」
「頭が変になったの?」
「あれ、夢じゃなかったんだ。良かった~」
俺はホッとした。目の前の真美は、現実の真美であった。
「あれ、俺の心を見ていなかったのか?」
「いいえ、これから話すことを考えていたの。あなたは、何をボーっと考えていたのかしら? 教えてくれる」
「ん~、夢の中にいると思った。真美は幻で、現実ではないと・・」
「まあ~、変な人ね。じゃあ、あの甘いキッスは、幻なの?」
真美はテーブル越しに顔を寄せ、唇を差し出した。その柔らかく愛しい唇に、俺は素直に自分の唇を寄せる。彼女は俺の唇を、可愛らしいキッスで軽くチュッ、チュッと吸った。
「どおかしら、幻だった?」
「いや、本物だったよ。ナポリタンとオリーブの美味しい味がした」
俺はおどけて、先ほどの顔を見せた。
「まあっ、なによ。アハハ・・、ウフフ・・」
真美は驚くと同時に、大笑い。その様子に、屈託のない素敵な人だと俺は感じた。そして、ずっと一緒に過ごしたいと願う気持ちが、鮮明に浮かび上がる。
俺の真剣な眼差しに、真美の笑いは止まる。彼女も真剣な眼差しを送り返した。
「俺は運命の出会いなんて、一度も考えたことが無かった。況してや、君のような素敵な人と結婚することも・・。確かな将来が見えず、今の生活は諦めに近い状況だ。もし、結婚できたとしても、愛だけでは幸せが築けない。あっという間に、ふたりの愛は崩壊するだろう」
「・・・」
「でもね、真美。俺は真美の運命を信じ、愛を信じ、真美を離したくない。ずっと一緒に居たいと願っている。だから、確かな将来を探す。どんな障壁があっても努力するつもりだ」
「・・・」
「君だって、ただ運命だから結婚する。そんな考え、本当は持っていないはずだ。運命は一つのチャンスに過ぎない。ふたりの結婚は、両方の明確な存在感が必要だと思うよ」