恵沢の絆 Ⅴ
翌日の午前、病院側が手配した小型バスで、市斎場へ向かった。バスの中の家族四人。車窓から見える景色は、それぞれの思いが重なる。私に見えるのは景色でなく、血に染まった枕に眠る母の顔であった。
私はゆっくり車内を見まわす。姉は俯き、白いハンカチで嗚咽を堪えている。父は、憮然とした様子で目を閉じ、大きく深呼吸を繰り返す。前に座る兄は、流れゆく景色に目を置いているだけであった。
市斎場へ到着。私は小型バスから降りると、空を見上げた。昨日の雨が上がり、澄み渡る群青の秋空。陽光が眩しい。小型バスの後ろから、小さな白木の棺が降ろされた。
白木の棺が、炉に納められ『ドッスン』と、重い扉が双方の未練を断ち切る。その音は、家族四人の心を大きく揺さぶる。私は、初めて味わう感情が湧きあがり、止めどなく涙が溢れてきた。
横に立つ兄が、拳を固く握りしめる。そして、心の感情を喉から絞り出した。
「母ちゃん!」
その声に、嗚咽を堪えていた姉が、兄の背に顔を埋めた。炉に一礼した父は、静かに外へ出て行く。私は父の後を追う。
しばらくして、兄と姉が私に近寄る。後ろから姉に抱きしめられ、とても温かった。
「洋子ちゃんから聞いたよ。まだ怒っているのか?」
「ん・・、なんのこと?」
「母ちゃんの頭の血さ!」
「あぁ、あのことね。うん、怒っているよ」
「輝ちゃん、あれは病院から話が有ったんだ」
「どんな、話さ?」
兄は、病院からの相談事を、私に説明した。
「母ちゃんの体を、大学の医学生が献体として使うことだ」
「えっ、献体って・・、何さ?」
「それはね・・、医学生が模型ではなく、本当の人間を解剖して勉強する。そのために、母ちゃんの身体を使わせて欲しいという依頼だった。もちろん、母ちゃんが苦しんだ病気の原因も調べる」
「でも、母ちゃんの身体が刃物で切られた・・」
「兄ちゃんだって、本当は嫌だったさ。母ちゃんの身体が刻まれるなんて・・。でもな、輝ちゃん。今までに、どれほどの医療費を支払ってきたか・・。病院が、入院費などの医療費を免除してくれる条件なんだ。オヤジさんや洋子ちゃんに相談して決めた」
「でもさ、俺にも一言でいいから、話してくれれば・・」
「ごめんな、お前には言いづらかった。反対すると思ったからだ」
「うん、反対したさ。だけど、母ちゃんはいつも感謝していたよ。お金のことも心配していた。兄ちゃんのことも・・。だから、母ちゃんは文句を言わないと思う。俺も・・」
「そうか、悪かったな。ちゃんと話せば良かったね。ごめん・・」
私の肩を軽く叩く。三人は、高い煙突の先から流れ出る煙に、私は十四年、姉は二十一年、兄は三十五年間の母の思い込めて見詰めた。