ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅴ

 病院の外に出ると粉雪が舞っていた。頬を掠める雪が体温でスッと溶ける。輝明は空を見上げた。暗い空間から無数の白い塊が、彼を目がけて落ちてくる。その一つ一つが千香の記憶に思え、輝明は瞬きもせずに白い塊を目で追う。
 家に帰り、疲れた体をソファに投げ出す。輝明は抑え切れない心の苦痛を、唯一支えてくれるブラジルの亜紀に電話をした。
「ボクだけど・・」
「輝君? その声の響き・・、千香のことね?」
「うん・・。今、病院から戻ってきた」
「えっ? 輝君の家に一緒じゃぁないの?」
 彼は、朝からの経緯を説明した。
「そうなの・・、でも、思い出のある場所を、千香に見せることができたのね」
「うん、見せられたけど、本当は歩いて確かめたかったと思うよ」
「輝君、それは千香自身が承知している。歩けない自分を・・。だから、輝君は思い詰めないでね」
「確かに、千香ちゃんから言われた。辛い表情を見せるなって・・」
 千香のあの言葉は、彼の心の奥底に植え付けられ、決して枯らさないと心に約束する。
「私だって、あなたに同じことを言うでしょうね。本当に辛く悲しんでいるのは、千香本人だもの」
 亜紀は、輝明と知り合った頃から、千香の愛が彼に向いていると感じていた。ただ、口には出さなかった。千香の愛と自分の愛は、異質なものと信じていたからである。
「明日、主治医から詳しい説明がある。予想以上に進行しているようだ」
「・・・」
「それで、いつなの?」
「ああ、今日の午後に、マルコスのビザが出るそうよ。だから、直ぐに行けるわ」
「良かった。到着日と時間を知らせてね。待っています」
「ええ、輝君! しっかりしてね。あなたが辛い思いをすると、私も辛いわ」
「うん、分かった・・」
 輝明は毛布にくるまり、エアコンの暖房を切らずにソファで寝てしまった。翌日、目が覚めるとシャワーを浴び、朝食を済ませてから病院へ行く。昨晩の雪は積もらず、幸い天気は良かった。
 千香は起きていたが、虚ろな目で天井を見詰めている。輝明は、ベッド横の折り畳み椅子に座る。
「千香ちゃん、夜に雪が降ったけど積もらなかった」
「そう、雪が・・、見たかった・・、わ」
「ちょっと待ってね」
 彼は日陰の芝に残る雪を、ビニール袋に入れて病室に持ち帰った。
「はい、千香ちゃん。雪だよ。触ってごらん」
「う~ん、冷たい。でも、降っている雪が見たかったの・・」
「そうか、次に・・、見せるね」
《千香ちゃんに、確かな約束ができるのか? お前は・・》

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