ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

   恵沢の絆   Ⅰ  

 乾いた木枯らしが無常の風となり、病室の窓を『コン、コン』と叩く。窓辺のテーブルには、淡いピンクのシクラメンの鉢が一つ置かれていた。清潔な白いシーツのベッド上に横たわる兄。静かな呼吸に、命を繋げるモニターの電子音が『ピッ、ピッ、ピッ』と、一定のリズムで最後の時を刻む。
 半時が過ぎようとしている。私は苦にすることなく、その場に立ち尽くす。様々な思いが重なる老いた顔を見詰め、兄が背負った家族への慈しみを思い巡らす。だが、計り知り得ない。
 背後に人の気配を感じ、おもむろに振り向く。
「輝叔父さん・・、長時間のフライトで疲れたでしょう」
 甥の貴志が立っていた。勤め先から、急ぎ駆けつけた様子。
 私は、軽く頭を下げ、目礼で挨拶を交わす。目線を兄の顔へ戻すと、重い瞼を開けて私たちを見ていた。私の姿を見た兄は、驚いた様子で目を見張る。
「あ・・うう・・」
 壁に立て掛けられた折りたたみ椅子を、ベッド脇に広げるとゆっくり腰掛けた。私は、胸の上に置かれた兄の小さな手を握る。細く弱々しいその手から、微かな温もりが伝わってきた。
「今、帰って来たよ。兄ちゃん・・」
 兄の耳元に口を寄せ、話し掛ける。私の手のひらに、兄の指がわずかな反応を感じさせた。
「随分と世話になったけど、何も返せなかった。本当に悔む・・。ふたりでゆっくりと旅がしたかったね。特に、俺が住むブラジルに・・」
 兄の手を両手で握り、湧き上がる感情のまま幾度となく小刻みに振る。
「兄ちゃんの弟に生まれて良かった。ボーイ・スカウトは、生涯の宝物で俺の人生全てだったよ」
 この世に生きる確かな証しが、兄の目から一粒の涙となり、こぼれ落ちた。その涙は、白い枕に染み込んでゆく。私は心の奥に刻む。生きている限り、この涙を忘れることは無いであろう。
 兄が驚くほどの力で、私の手を握り返す。兄の振り絞る力は、家族の絆である恵沢の心を、私の脳裏に蘇えらせた。
 二十一歳の兄が、生後間もない私をボーイ・スカウトの制服姿で抱き、微笑んでいる写真が一枚だけ残っている。
 その兄を身近な存在として意識したのは、私が保育園に通いだした時期であった。当時の母は、産後の肥立ちが影響して、入院生活を繰り返していた。兄は、幼い弟の寂しさを察し、私を高崎駅に近い知人の家へ連れて行く。
 広い中庭に入ると、白い小さな群れが『キャン、キャン』と甲高い声で吠え、驚く私を目がけ迫って来る。逃げ回る私に一番懐いた、オスのスピッツ犬を選ぶ。家に連れて帰ると、姉の洋子が【チロ】と名前を付けた。
 それ以来、兄の単車ライラックの燃料タンクと兄の体に挟まれ、誘われると喜んで乗って出掛けた。

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