忘れ水 幾星霜 第七章 Ⅱ
慣れない首都高速から外環道を回って、ようやく関越道に入ることができた。高坂のサービス・エリアで休憩する。初めて見る光景に亜紀とマルコスは、輝明の傍から離れられない。とりあえず、ふたりをトイレに案内する。
幾らか落ち着いてきた二人を、レストランに連れて行く。
「さあ、何が食べたい?」
「輝君は、何を食べるの? 私には分からないわ。マルコスが困惑している。あなたに任せるわ」
「そうか、じゃぁ、かき揚げそばでも食べようか? マルコスには、とんかつ定食でいいかな?」
「そうね、私はあなたと同じでいいわ。マルコス、とんかつ定食を食べるわね?」
「いや、同じものを食べたい」
輝明は、場所を確保すると、食券購入からセルフで受け取る方法を教えた。
「マルシア、日本って便利で面白いね」
マルコスは初めての経験に、まごつくも喜んでいた。
「良かったね。熱いから気を付けて食べるのよ」
亜紀とマルコスが食事している間に、輝明は兄に電話で報告する。
「あ、オレだけど。関越の高坂に無事着いたよ。ふたりとも元気だ。それで・・」
「奈美ちゃんが、ずっと付き添っている。小康状態だ」
兄から千香の状況が伝えられた。
「分かった。このまま、病院へ行く。明日、兄貴に紹介するね」
ふたりの所へ戻り、亜紀に電話の話を伝える。食事が終わり、飲み物を買うと高崎へ向かった。一時間弱で高崎インターを降りる。
「マルコス、ここが高崎だ。千香ちゃんや亜紀さん、それにオレが生まれ育った街だ。この街が三人を偶然に結びつけた。そして、マルコスが偶然に息子となった」
「ふ~ん、偶然にね。ポール・ア・カーゾね。じゃあ、シダーディ・マラビリョーゾだ」
「えっ? 何?」
「あ、輝君、それは素晴らしい街と言う意味よ」
「そう、素晴らしい街だよ。高崎は・・」
「偶然の奇跡が、私たち四人を結び付けたのよ。神様に感謝しなければね」
病院に着いたのは、九時を少し過ぎていた。駐車場に車を停め、亜紀の手を握りマルコスの肩を抱いて玄関に入る。消灯時間を過ぎているので、院内はシーンと静まり返っていた。ナース・センターに断わり、千香の病室へ行く。亜紀は輝明の腕にしがみつく。
《怖い。千香に会うのが、なぜか怖いわ》
輝明は、聞こえる程度にコンコンと軽くドアをノックした。そして、静かにドアを開けて中に入る。
奈美が椅子から立ち上がり、目配せする。輝明は小声でふたりを紹介した。
「初めまして・・、遅くなってごめんなさいね」
亜紀は奈美に近寄り、軽く肩を抱く。マルコスは神妙な顔で、奈美にピョッコと頭を下げた。