嫌われしもの 遥かな旅 Ⅷ
ジェット音が、徐々に大きく響いてきた。
「リーダー、あのとんでもない唸り声は?」
「あれは唸り声ではなく、飛行機の音だ。自動車より数十倍も大きい、空飛ぶ機械だ。
本当なら、あれに乗ってブラジルへ行くはずだった」
「ふぅ~ん、ゴジラが吠えていると思った。半年前に誤って映画館に入ったら、急にゴジラが吠えた。オイラは咄嗟に外へ飛び出し、大急ぎで逃げましたよ。あんな気味の悪い生き物がいるなんて・・」
ワシは黒ピカの話をきいて、呆れてしまった。
「浅はかなことを言うな。あれは人間どもが、勝手に想像して作ったものだ。しかし、先祖様の言い伝えでは、遥か大昔の約六千五百万年前に同様な生き物がいたそうだ。巨大な肉食恐竜ティラノサウスという、凶暴な生き物が住んでいたことは間違いない」
羽田国際空港の沖合に近づいたとき、『ゴオー、キィーン』と凄い音のジェット旅客機が飛び立った。
「ヒィエ~ッ」
黒ピカが驚き、ヨットから転げ落ちそうになる。
「大丈夫か? 海に落ちたら、ワシでも助けられん」
「あ~、ビックリしたなぁ。貨物船に変更になって良かった。あんなものには乗れませんよ。船の方が安心ですよね」
「ん~、なんとも言えんな・・」
順調に横浜方面へ向かっていたが、多摩川の河口で潮の向きが一変する。ヨットが一気に沖の方へ流された。
「いかん! 目的地に向かっていない。やばい、やばいぞ!」
ワシは必死にヨットの先を、川崎方面へ向ける。後方から大型のフェリー・ボートが近づき、大きな余波がヨットを襲った。
「わ~、こりゃダメだ。転覆するぞ~」
ところが、その余波のお陰で、ヨットはラッキーな方向へ導かれた。
しばらくして、ぐったりと横たわるワシに、黒ピカが大声で知らせる。
「リーダー、起きてください。海の上に大きな橋が見えますよ」
「どうした。どこに橋が見える? 幻じゃないのか?」
「あ、あれです・・」
黒ピカの触角が示す方向に、ワシは目をやる。確かに大きな橋が近づいてきた。
「やっ、本当だ。幻ではない。あれは横浜ベイ・ブリッジだ。やった、やったぞ!」
《神様がワシらに力を授けてくれた。アーメン! 何を愚かなことを・・、単に運が良かっただけだ》
本牧埠頭に近づく。だが、意外にも波のうねりが大きく、危険な状況であった。小さな葉のヨットが岸壁に叩きつけられたら、ワシらの命の保証はない。悠長に構えている余裕はなく、ワシは決意を固める。
「黒ピカよ、合図したら一緒に飛べ。いいな!」
「はい、リーダー・・」