漂泊の慕情 Ⅸ
翌日の午前に、ヒロ方面をドライブ。左ハンドルに慣れていないので、神経が張り詰め緊張する。コナ・コーヒー農園に行き、美味しいコーヒーを飲む。行く当てもないドライブは、やはり楽しく過ごせない。況して、常に彼の顔が浮かぶからだ。私はドライブを切り上げ、早めにホテルへ戻った。
ホテルの前に近づくと、日本人の青年が玄関口の階段を上がるところであった。その姿がきわやかに見え、私の心臓が大いに飛び跳ねる。
私は車の窓から彼の名を叫んだ。呼ばれた彼は、階段の途中で私の方に振り向く。車を駐車場に停め、急ぎ降りると走り出した。彼は信じられない顔で、走る私を見詰める。
私は彼の胸に飛び込む。彼は信じられないまま、私の体を強く抱き締めた。息遣いが収まるまで、しばらく彼の胸の中にじっとしていた。
「ど・・、どうして、君がここにいるの?」
呼吸が穏やかになった私に、不思議そうに聞く。
「どうして? 何を言ってるの。あなたを探しに、ハワイ島まで来てしまったわ」
「でも、良くここが分かったね。驚いたよ」
「ええ、随分と考えたわ。あなたの友達が、ハワイ島にいることを教えてくれたの。ハワイ島に長期滞在となれば、このホテルしかないと思ったわけ・・」
ホテルの玄関前で、いつまでも抱き合ってはいられない。彼は私の手を握り、ホテルのロビーに入る。
ふたりの関係を察したフロントの若い従業員が、私に軽いウインクをした。私は顔を染め、手を振って応える。
テーブルを挟んで、見詰め合う。私は彼の瞳を離さずに、疑問を問いただす。
「ねえ、教えてよ。あなたが怖がる・・、私と別れるほど、怖いものってなんなの?」
彼はテーブル越しに私の手を握り、ひとつため息を吐くと決心する。
「うん、話すよ。でも、笑わないで欲しい。真実だから・・」
「分かった。真剣に聞くわ」
話し出すまで、言葉を選び思案する。私は焦らず待つことにした。その合間に、私が冷えたコカ・コーラを買ってテーブルの上に置く。ふたりはビンから直接に飲む。喉の渇きを癒した彼は、ぼつぼつと話し始めた。
突然に耳鳴りやめまいが起こり、しばらく動けなくなる。直ぐに止むときもあれば、半時近くも継続する。症状が治まると、必ず体中が火照りバラバラに解れる。その感覚は、まるで魂が体から抜けて行く感じだという。
あの日。最後に私と会う前夜、特にひどく感じて眠れなかった。このまま結婚しても決して私を幸せにできないと考え、苦渋の結果、最終的に別れることを選ぶ。それが、事実を伝えられないあの不可解な言葉となった。
「あなたの言葉が理解できたわ。だけど、あの最後に付け加えようとした言葉、聞きたいの。教えて・・ねぇ」
「あぁ、あれね。別れても、君が好きだから・・。ごめん・・」
「そう、私もあなたが好きよ。愛している。だから、別れないわ。絶対に・・」