続 忘れ水 幾星霜 (別れの枯渇)Ⅲ
輝明の兄は、言葉を続けることができない。亜紀は嫌な予感に手が震え、支える何かを求める。心の奥から声を絞り出し、兄が伝えたい言葉を尋ねた。
「お兄さん、輝君・・に、何が・・、起きたのですか?」
「実は・・、弟が、亡くなり・・・ました」
兄の言葉に、亜紀は信じられなかった。
《うそ、うそでしょう。いや、間違いました。と言ってください!》
亜紀は立っていられない。ドスンとベッドに座り込んだ。携帯を反対の手に持ち替え、弱々しく聞き返す。
「どうして・・、うそでしょう?」
兄の次の言葉を待ったが、長い空間の隔たりを感じる。
「亜紀さんを見送った帰りに、雪のスリップ事故に巻き込まれた。横転した輝明の車にトラックが追突。輝明は下敷きになって大怪我を・・」
「・・・」
「救急車が到着したのは、二時間後。その事故から五時間後に、搬送された救急病院から連絡を受けました。残念です・・が、ほぼ、クッ・・、即死だっ・・。クッ、クッ・・」
気丈に話していた兄は、最後の言葉が嗚咽に変わる。亜紀も嗚咽を漏らしていた。
「わ、分かりました。お兄さん、ごめんなさいね。傍にいられなくて・・」
「いいえ、謝るのは、こちらです。せっかく巡り会えたのに、まさか、こんな結末になるなんて・・、申し訳ない」
「帰ったばかりで、直ぐに行けませんが・・」
「承知しています。無理をなさらないで。何かあれば、この番号に掛けて下さいね」
「はい、こちらのことは、ご心配なく。くれぐれも、お体を大切に・・」
電話は切れた。亜紀は立ちあがる気力を失い、そのまま、前を見詰める。何も見えず、何も考えが及ばない。
しばらくして、マルコスと佐和に、この状況を電話する。半時後、マルコスが駆け付けた。
「マルシア・・。パパィが事故で亡くなった・・。本当なの? そんなの嫌だよ・・」
亜紀はマルコスを強く抱き締める。彼の胸の中で、思い切り泣いた。マルコスも泣きながら、亜紀の背中を優しく摩る。
「マルコス、ありがとう・・。あなたがいて良かったわ」
「もちろんだよ。僕は、ママィの子供だよ。守るのは当たり前だ」
「そうね。でも、ありがとう」
《人の運命って、なんだろう。それに、時の流れって、なんだろう》
亜紀の皮肉な人生を振り返り、深く考え込んだ。人並みな幸せを掴んだ矢先、皮肉な運命は、一瞬の隙に嘲笑いながら消してしまった。
《輝君、千香。どうして、私の前から消えてしまったの。たった半年余りよ。こんな短い幸せなんて、考えてもいなかったわ》