漂泊の慕情 Ⅱ
私は、彼が置いて行った二千円を掴み、レジに支払う。急ぎ店を出た。
外は予想以上に寒く感じ、オータム・コートの襟を立てる。その後、当てもなく歩き、高崎城址公園に来てしまった。
色あせたベンチに座り、疲れた足を労る。人影が少ない。喫茶店のことを思いだした。寂しさはあるが、不思議にも悲しみの涙はない。彼の裏切りと私の失望が、憤懣の念と憐憫の情を相殺させたのであろう。
いや、もしかして、あの最後の意味不明の言葉が、私の心に悲哀を躊躇させているのかも知れない。それに、彼が言い訳がましい言葉を決して言わず、態度も悪びれていなかったからだと思う。
今、冷静に考えれば、私に何かを隠している様子だった。急に私の心が軽くなり、目の前が明るく照らされた気分である。
「あ~、どうすれば、いいのかしら? 時に任せ、自然の流れで生きて行く。それしか、考えが及ばない。他に生きる道は見つからないわ」
私は独りごとを呟き、フウ~ッと息を吐く。
「あれほど、私のことを好きだ、愛していると言った彼が、急に会わないと告げた。どうも、変だわ。何か理由があるはずよ」
彼と交際を初めて、三年が過ぎた。誕生日やクリスマスには、プレゼントを交換した。彼は、必ず身に着けるものを選ぶ。次のデートの時に、身に着けて行くと大げさに喜びの表現をした。ちょっぴり恥ずかしかったけど、私も心から嬉しかったのを覚えている。
別れたから、その思い出の品々をゴミ箱に捨てる。そんなこと、私にできるはずがない。
「私が、彼を嫌いになる。愛せないから別れて忘れる。そんな簡単に忘れることなんて・・。ん? 待って! 彼は別れるとは言っていないわ。そう、私を嫌いとも、愛せないとも言っていない。確か、会わないと言っただけよ」
傍から見れば、独りごとを呟き一喜一憂している変な女。と思われているかも知れない。今の私には、お構いなしだった。
西日が傾き、私の横顔を照らす。眩しく目を細める。体が冷えて来たので、家へ帰ることにした。道すがら、考え続ける。
家に戻ると、癖なのか直ぐにテレビのリモコンを探す。別に観たい番組がある訳でもないのに、ボタンを押してしまう。独り身の寂しさが、そうさせるのであろう。
冷蔵庫を覗き、簡単な食材で夕食を調理する。食卓に一人前の料理を並べ、侘しくテレビを観ながら食べる。時々、独りで頷き笑う。
しばらくして、疲れた体を熱い湯船に浸す。今日一日の、研ぎ澄まされた神経をゆったりと和らげる。
「もう、やんなっちゃう。顔を思い出しちゃったわ」
湯船に浸りながら、彼の顔や仕草を思い返した。
彼の言葉は依然と理解できないが、自分の考えが間違っていると気付いた。