謂れ無き存在 Ⅳ
メモを見て、何かを考えていた。
「何を考えているんですか?」
「う~ん、そうね~。一緒に行っても良いかしら?」
俺は興味もなく、行くなんて考えてもいなかった。
「別に・・、だって、俺は行くつもりなんてないから・・」
「いいえ、あなたは必ず行くわ」
「えっ、なんで、行く必要があるの? 俺は行かない」
彼女は、あの瞳でじっと俺を見詰める。そして、微笑む。
《あっ、狡い! 弱みに付け込み、俺を誘っている。参ったなぁ》
「分かっているでしょう。あなたは行くの。私と一緒に・・」
「それは、強制でしょう。俺は・・」
俺は行かないと言いかけたが、彼女の瞳に吸い取られた。
「はい、はい、分かりましたよ。俺は行きます。行けばいいんでしょう?」
「ふふ・・、そうよ。はい、お利口さんね」
俺はバカにされ、手玉に取られている。軽い脳が爆発寸前だ。
「ところで、あんたは誰なんだ? 俺を翻弄して楽しんでいるけど・・」
「あら、怒ったの? 私が、あなたを弄んで楽しむ? そんなこと、ないわ」
「いや、楽しんでいるはずだ」
彼女が、今まで見せたことのない、悲しみの顔を見せた。その表情は、俺の胸にぐさりと刺さる。笑顔も可愛いが、愁いをおびた顔は正に天女である。
「ごめん、悲しまないでください。怒るつもりは、なかった」
「いいのよ。私が悪いの。私の名前は、真実の真に美しい美で真美。柘植真美よ・・」
「真美さんか・・、俺の名前は、横山洸輝。宜しく!」
彼女は頷き、冷めた紅茶を一口だけ飲んだ。
「ええ、知っているわ。素敵な名前ね」
俺も冷めた紅茶を飲み干し、喉の渇きを潤すことができた。俺は手を出し、握手を求める。彼女は少しはにかみ、素直に応えた。
《やった~、断られると思ったが、素直に受けてくれた。なんて小さく、可愛らしい手なんだ。温かい・・》
「やはり、俺の名前を知っていたんだ。何故なんて、野暮なことは聞かない。ただ、真美さんと俺の接点は・・、それが知りたい」
彼女は、まっすぐに俺の目を見据える。その真剣な様子に、俺は背筋を伸ばした。
「あなたは、私の運命の人」
俺の背筋はピーンと張り詰め、武者震いを感じた。
《信じられん。二十五になるまで、俺の人生は歪められてきた。思い返すだけでも辛い。特に、自分の運命を呪うほど嫌っている。それが、こんな美しい女性と、運命的に結婚する。いい加減にしてくれ、ちゃんちゃら可笑しい運命だよ》
彼女は神経を集中して、俺の心を見ていた。俺は承知している。悲しいが仕方ないと思った。