謂れ無き存在 ⅩⅤ
《はい、はい、仕方ないか・・》
「はい、持って来たよ」
俺はできる限り目を逸らし、バス・タオルを渡す。浴室のガラス戸が開き、真美の腕が現れた。俺は咄嗟に目を瞑る。湯気に絡んで、爽やかなボディ・ソープの香りが漂った。
「ありがとう・・」
「いいや、べつに・・」
俺は居間へ引き返す際に、ガラス戸越しの白い影を見てしまった。それは、俺にとって衝撃的な影、居間に戻る足が覚束ない。ソファにドッサと倒れ込む。
《あ~、胸が苦しい。全てが初めての経験だ。でも、俺の気持ちは変わらない。意志を貫こう》
真美の近づく気配を感じると、俺の軽い脳は(据え膳食わぬは、男の恥じ)と訳の分からぬことを唱え出す。俺は幾度も首を振り、煩悩を消し去ろうと努力する。
「さあ、あなたの番よ。早く入ったら・・」
「うん、入るよ」
「入っている間に、着替えを用意しておくわ」
振り返ると、無地の淡い緑のパジャマ姿に、長い髪をタオルに巻き付ける真美がいた。昼間の質素な紺のパンツにグレーのセーター姿とは、掛け離れたイメージの彼女である。上着のボタンが二つ外され、はだけた胸に汗ばんだ肌が垣間見える。
俺は浴室に入りシャワーを浴びながら、真美のシャワー姿を思い出してしまった。シャワーを熱い湯に切り替え、彼女の姿を頭から洗い流す。
浴室から出ると、バス・タオルと新しい下着にパジャマが用意されていた。パジャマは真美とお揃いの淡い緑。
《え~、驚いた。アッハ・、まるで新婚のようだ。フフ・・》
洗面台の棚には、真新しい歯ブラシまで二つ並んでいた。俺は呆れると同時に、真美の無垢な愛らしさを受け止める。彼女は縋りつく思いで、健気に運命を信じるつもりだ。
《彼女を裏切るわけにはいかない。しっかりとした根拠を確かめてから、真美の愛を受け止めるべきだ。俺が運命の人でなければ、彼女を悲しませる。だから、より慎重な行動をとる必要がある》
ドライヤーで頭の髪を乾かすと、居間へ行く。ソファで待っていた真美が、俺のパジャマ姿に喜びの笑顔。その表情に、俺は照れる。強引に俺の腕を掴み、横に座らせた。
「ねえ、着心地は? いいでしょう?」
「う、うん。君が選んだの?」
「ええ、でも、運命の人のイメージが浮かばなくて、困ったわ」
真美は凡その見当で買ったらしい。結果的には、上手くいったようだ。
「でも、お揃いのパジャマには、驚いたよ。アッハハ・・」
「うふふ・・、だって、私の夢だったの。夢が叶って幸せよ・・」