漂泊の慕情 Ⅲ
「そうだわ・・、明日、仕事の合間に電話をしてみようかしら・・」
翌日、昼時間に彼の携帯へ電話を掛けてみるが、一向に繋がらない。仕事を終え、再度掛けてみるが通話不能であった。
その翌日も、また翌日も掛けるが、やはり通話不能である。私は胸騒ぎを感じた。
交際初めて直ぐに、職場への電話はしないと互いに約束しあった。
「どうせ、会わないと振られたんだから、問題ないはずよ。よし、掛けちゃおう」
私は思い切って、職場に電話した。意外なことに、彼は退職をしていたのである。
「え~、どうして、どうしてなの? 私、信じられないわ」
彼は自分の仕事に誇りを持ち、いつも自慢していた。それなのに、辞めてしまった。私は信じられず、しばらく唖然とする。
今年の春、彼は係長に昇格。記念に、彼が好きな色のネクタイを探し、私はプレゼントした。
「これで、来春には・・、申し込めるかなぁ・・」
プレゼントされたネクタイを見ながら、意味深なことを私に囁く。囁かれた私は、彼の偽りのない瞳に嬉しい戸惑いを隠せなかった。
その夜、私は誘われるままに体を許した。その時に、結婚を承諾したつもりでいた。もちろん、彼も理解していたと思う。
それが、半年後に破局を迎えるなんて、想像できる訳がない。
「彼の心意を確かめないままなんて、私は嫌よ。本当に狡いわ」
私の小さな脳は、この問題から一時も離れず悩み続ける。
休日に、彼の好きな場所に行き、見覚えのある姿を探し回った。残念ながら、彼が来たという痕跡は見つからなかった。
「これほど探しても、無理なのね・・」
諦めるより、悔しさが湧きあがる。
彼の退職が、何を意味するのか見当がつかない。不思議な印象を受けた。確か、彼の仕事は特殊な知識を必要としている。だから、地方の高崎では、簡単に転職できる企業は数少ない。非常に困難であると彼が言っていた。
「東京かしら。それなら、別に分かれることないわ。会社を辞めて、私と会わない。普通なら、そんな言葉を使うかしら。妙な言い方ね・・」
考えれば考えるほど、私の心は混迷する。精神的に疲れ始めた。
その、一週間ほど経った日に、一通の封筒が届く。差出人は知らない人の名前が書かれてあった。私は悩んだ。
「開けて見るべき・・、いや、知らない人からの手紙は、無闇に見ない方が・・」
テーブルの上に置いたまま、数日が過ぎた。