謂れ無き存在 ⅩⅦ
秋の夜は冷える。真美に上掛け布団を掛け、俺も横になった。真美が甘えるように寄り添う。芳しい香りが俺の肺を満たす。
「明日、先生に何を聞くつもりだい?」
「うん、夢のこと・・。できれば、夢に現れる人が誰なのか、知りたいの」
間近で話す真美の息が、俺の顔に温かく触れる。果たして、俺の息は大丈夫だろうか。心配になった。俺は横を向いて、手のひらに息を吹きかけ確かめる。
「洸輝、何してるの?」
「うん、真美の息は爽やかだけど、俺の吐く息が臭くないか心配だ」
「どこ、どこ・・。あっ、臭い!」
俺は反射的に顔を背けた。
「ほ、本当に臭いのか? 参ったな~ぁ。虫歯のせいで臭うのかな」
「嘘よ、臭わないわ。だから、安心して・・」
俺の頭を抱え、真美の方へ向かせる。真美の瞳が、俺の瞳を間近に覗き込む。柔らかい真美の唇が俺の唇に触れながら、先ほどの俺が話したことを詰問する。
「どうして、私を突き放すの? 本当は、私のことが嫌いなんでしょう?」
《近い・・、近すぎるよ・・》
「・・・」
「答えられないの? やっぱりね・・」
「いや、嫌いじゃないよ。ただ・・」
「ただ・・? 何が、ただ・・、なの?」
俺は彼女の唇を気にしながら、誤解されない話し方を選んだ。
「俺は本当の愛情を知らない。愛することの意味が、理解できない。家族愛、兄弟愛、母性愛、師弟愛、郷土愛、色々ある。好き嫌いの恋とは違う。真美は、理解できるかい? 生まれて最初の愛は、母親から感じるはずだ。でも、俺や真美は覚えていない」
俺は、真美の顔から離れ、天井を仰ぐ。真美も従った。ふたりの視線は天井を見上げ、其々に過去の記憶を思い描いた。俺には、愛を感じる記憶はゼロに近い。
多くの人が、この言葉を使う。確かに普遍的な言葉だと思う。愛と恋は同じような感情だ。だけど、家族を、兄弟を、師を恋するなんて言わない。恋すれば、愛を語る。
「あ~、もう変になる。俺は、真美が好きだ。これが恋だろう」
「当たり前でしょう。私も洸輝が好きよ。愛しているわ」
「それなんだよ。好きだから、愛する。好きという感情は理解できるが、好きから愛に結びつかないんだ」
「まあ、面白いこと。別に困ることないでしょう。恋は限られた対象に、感情が動くものよ。そして、互いに認め合えば、愛に発展する。簡単な考えでしょう」
「まあ、そう考えれば悩むことじゃないね。でも、それは男女の仲だけだよ。他の愛には当てはまらない」
「いいの。私たちは、男女の愛だけ考えればいいのよ。屁理屈を言わないの」