偽りの恋 ⅡⅩⅡ
あの頃、俺は悩んでいた。
あの人か、夢か、どちらかを選択する必要があった。
中学の時、意識の中に外国生活への憧れが、突如湧き上がった。ただ、自分でも理由が分からない。
意識は、憧れから夢に変わる。その後、ずっと夢を追い求めてきた。
ひょんなことから、あの人に出会う。
それまでは、安易なときめきを恋と思っていた。だが、あの人には、かつて経験しない衝撃的な恋心を感じた。
恋は、日々深まって行く。
受動的な恋ではなく、すべてを捧げる能動的愛に変容した。
俺は追い求めてきた夢を捨て、あの人を選択した。寝ても覚めても、前後、上下、どこを見ても彼女のことばかり。
だが、ある日現実を知る。
夏風邪を拗らせ、急きょ入院する。急性腎炎と診断された。
俺は軽く考え、直ぐに退院すると思っていた。ところが、一ヶ月を過ぎても退院できなかった。
次第に先の見えない不安が、俺の心を情緒不安定にさせる。無意味なことを詮索したり、現実味のない夢にうなされた。
入院中の女性と親しく話す仲になった。本人から余命幾ばくも無いことを知らされる。点滴の管が外される時だけ、談話室で会話ができた。
彼女にとっては、限られた短い時間だ。
彼女は、俺より五歳年上であった。ほぼ生まれた時から、病院生活が続く。
俺にとっては、他愛のない会話に過ぎない。だが、彼女にとっては初めて経験する異性との交際と考えているようだ。
顔なじみの看護師から打ち明けられた。
「それほど、神経質にならないでね。話を聞いてあげれば、彼女は満足よ」
俺は理解した。
談話室へ行くと、いつも先に来て待っている。
「やあ、顔色が良さそうだね」
「うん、ありがとう。今日は、どんな話をしてくれるの?」