謂れ無き存在 ⅩⅥ
俺は彼女の手を取ると、諭すように話し始める。
「真美、いいかな?」
「な~にぃ? そんな怖い顔をして」
「真面目な話だから、最後まで聞いてね」
「・・・」
「セミナーから始まったふたりの出会い。あっという間に、親密な関係になってしまったね。事実、ゆっくりと考える時間さえ無く、戸惑いを感じ先々のことを心配している。本当に運命の仲であれば、しっかり話し合うべきだ。結婚と言う絆は、単純な結び付きではないと思う」
「そんなこと、分かっているわ」
真美は俺の言葉を、お節介な話しと思っているようだ。ソファに両足を上げ折りたたむと抱き抱えた。膝の上に頭を乗せ、横目で俺に視線を合わせる。
不満なのか頬を膨らませ、拗ねたおちょぼ口を見せた。その様子に、俺は堪えかねて思わず吹き出す。真美は一瞬唖然としたが、直ぐに意味を理解し共に笑い出した。
「何が可笑しいのよ・・」
「何言ってんだ、君だって笑っているじゃないか・・。俺の話に不満な顔をするからさ」
「だって、これからいい雰囲気になろうとしているのに・・。壊そうとするからよ」
「壊そうとしている訳じゃないよ。俺だって、真美と同じ気持ちだ。男と女が一つ屋根の下にいる。それも俺たちだけだ。でもね、君を傷付けたくないんだよ。真実が決まるまでは・・」
「何よ、運命の人に決まってるじゃない。間違いないわ」
「それは、君だけの考えだ」
「ううん、間違いない。私は信じている・・」
真美の瞳から、大粒の涙が溢れだす。彼女はソファから立ち上がると、寝室に行ってしまった。
《これでいいんだ。ちょっと可哀そうな気がするけど、仕方ないさ。後で冷静になれば、理解するだろう。そう、願いたい》
ベッドに横たわり、悲しみ嘆く彼女を想像した。もしかしたら、この機会に俺を嫌いになるかも知れない。それは困ると思った。俺も彼女が運命の人でありたいと考えているからだ。
《あ~、今夜は長いような気がするなぁ。俺の軽い脳が、いつまで持ち堪えられるか心配だ》
俺はソファに深々と座り、天井を見上げる。思いっきりため息を吐く。
「ねえ、洸輝・・。聞いてる~ぅ?」
真美の寝室から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。俺は、ソファから立ち上がり、寝室を覗き返事をする。
「なんだい?」
「傍に来て・・。ただ、横に寝てくれるだけでいいの。だって、ずっと一人で寝ていたから、あなたが傍に居るだけで安心できるわ」
「分かった。傍に居てあげるよ」