謂れ無き存在 ⅥⅩⅨ
着替えると、ホテルの外へ散策。
「本当に、静かで落ち着いた町だね」
真美の案内で、図書館や市役所を見て回る。風が冷たく感じ、真美が体を寄せて来た。
彼女の温もりが伝わる。
「でもね、独りになったときは、この静けさが怖かったわ。特に、夜になると、寂しくて泣いて過ごしたの」
真美の言葉に、小さな肩を強く引き寄せる。
「私が暮らした家は、この直ぐ先にあるわ。今は、誰かが住んでいると思う・・」
その家の前にやって来た。オープンな庭の芝が枯れている。ガレージの前に、赤いワゴン車が停めてあった。
「あの二階の窓が、私の部屋だったわ。もう過ぎ去ったことね・・」
真美はしばらく眺めていたが、未練をさっぱりと捨てる。
「さあ、帰りましょう」
ホテルに戻ると、トーマス小父さんが待っていた。ホテルの階上にある、レストランで夕食をすることになった。
「明恵母さんに連絡するわ」
皆が揃ったところで、食事を始める。静かな町の夜景が見え、明恵母さんが喜ぶ。
「素敵なレストランね。ねえ、あなた・・」
「そうだね。綺麗だ」
そこへ、賑やかに数人の客が入って来た。真美が、信じられない顔で見る。
「うっそー、でしょう・・」
彼女が席を立ち、急いで駆け寄る。順にハグを交わし始めた。時々、俺の方を見ながら、大げさな身振りのジェスチャーで会話をする。
「親しげに話しているけど、誰かしらね?」
「ええ、多分、友達でしょう」
漸く、真美が紹介を始めた。年配の婦人は、真美に日本語を教えた先生とご主人。それに、幼馴染の人たちだった。
紹介されたが、俺はうまく話せない。完全に落ち込んでしまった。その様子に、先生が声を掛けてくれた。
「あなたが、メッチェンのハズバンドね」
「あっ、はい。宜しくお願いします」
「優しいハズバンドで、良かったわ。日本で生活すると聞いて、とても心配していた」