偽りの恋 ⅡⅩⅨ
「今更だけど、直接に言ってもらいたかった。自分の口で答えるつもりだったのに・・」
「・・・」
「私は、両親が反対しても、あなたと結婚する覚悟だった」
「そんな・・」
「ええ、本当よ。でも、もういいの」
あの人は悲しい目で俺を見る。俺の心は、挫けそうだ。
「そうか・・、ごめん」
俺は、ただ謝るしかなかった。
「お元気でね。さようなら・・」
あの人が席を立つ。
「あっ!・・・」
一瞬目が合ったが、あの人は立ち去った。日比谷公園内の木々を、風が揺らす。あの人の姿を、見えなくなるまで追い続ける。
しばらくして、虚しい心を抱きながら公園を後にした。寮に帰る間、あの人の面影が消えることはなかった。俺は、あの人を一生忘れないと確信する。
寮に戻ると、全員が食堂に集まっていた。
「金ちゃん! 遅かったやないか。しょぼくれて、どないしたんや?」
ビールで顔を赤くした坂本が、大きな声を掛けた。
「なんでも、あれへんよ」
「いや、へたれている顔や」
「かまんといて、坂本さん・・」
「しゃあない、もう、金ちゃんの顔を見いひんわ」
「めちゃ、おおきに」
佐本が諦め、ビールを飲み続ける。 二人の会話に、食堂中が大笑い。俺は、買ってきたサンドイッチを食べ始めた。
その晩は、ほとんどが食堂に残り、遅くまで騒いだ。
俺は途中で部屋に戻り、ベッドに横たわってあの人の後ろ姿を思い出していた。