謂れ無き存在 ⅡⅩⅧ
「子供を嫌う母親なんていないはず。あなたの幸せを考え、已む無い気持ちで施設へ預けたと思うわ。私が知るあなたのお母さんは、洸輝君と同じに心が優しかった」
《俺は信じない。絶対に信じない。二十五年間も音沙汰が無いじゃないか。たった一度も顔を見せていない。どんなに苦しい生活をしていようが、嫌いでなければ会いに来るはずだ。子は夫婦の鎹。とんでもない、俺は邪魔な存在なんだ。》
俺は息苦しく、小さな息でさえ難しい。真美が俺の背中を摩る。徐々に酸素が巡り始め、体が安らいで来た。
「洸輝、あなたは生きている。生きて私と会えたのよ。それは、あなたのお母さんが選んだ道なの。謂れの無い存在でなく、私にとって大切な存在なのよ。卑下する必要はないと思うわ」
「そうだよ。洸輝君は私たちの子供になった。時間が掛かりすぎたけど、私たち夫婦の念願が叶った訳だ。私たちは幸せだよ。だから、君も幸せになれるんだ」
先生の言葉に、俺の冷たくなった心が融解する。特に、真美の言葉と気持ちが、俺の頑なな心に愛の感情を沸騰させた。
「もう帰ろうか、洸輝・・」
「うん、でも待って。実は、先生からこの家に住むことを勧められたんだ」
「え、なんで? 洸輝は私と一緒に住むのよ」
真美は、突然の話しに不可解な表情を見せる。
「あ~、それはね。彼が生活に困窮して、家賃が無駄な支出と考えたから・・」
「お父さん、心配ないわ。アメリカの信託銀行に、私名義に預けた父のお金が有るの。それに、祖父母の家や土地なども・・」
俺は、俺なりに考えていることを、真美に告げる
「真美、それは君のお金であって、俺の金ではない」
「いいえ、洸輝は私と結婚するの。だから、・・」
「いや、ちょっと待って! 最後まで聞いてくれ。俺は自分で働き、自分のお金で真美を幸せにする。君のお金は大切なものだ。将来、君のお金が必要になるかも知れないが、今は頼らない考えだ。俺は、自分の存在を認めるためにも、意地でも頑張るよ」
俯いて静かに聞いていた真美は、小さいがしっかりと頷いた。
「分かったわ。市内に借りている部屋を、私も解約する。そして、ここに住むわ」
《わ~、また始まった。真美の我が儘な解釈が・・》
「ええ、いいわよ。私は喜んでふたりを迎えるわ」
「お母さん、ありがとう。凄い、私の考えって凄い。洸輝も認めるでしょう?」
俺と先生は、唖然として言葉を失う。