謂れ無き存在 ⅡⅩⅣ
突然に箸を置いた真美が、奥さんの顔を直視する。
「私たちを子供にして・・、お願い」
真美の言葉に、三人の箸が止まる。
「さっき、料理の手伝いをしながら、これが親子なんだろうなぁ、と思ったわ。楽しく幸せな雰囲気に憧れを感じたの」
俺の脳は、真美の言葉に揺さぶられた。
「ええ、私は構わない。あなた、どうする?」
「どうするって、君ら三人が約束したことだよ。友達以上の繋がりを・・。それを見届けられるのが、君しかいない」
「そうよね。ふたりには、家族の温もりが必要でしょう。この二十年間、存在すら認められない生活を強いられてきたわ。偶然的、運命的、どちらでも構わない。こうして、巡り会えたんですもの」
「そうか、じゃあ、家族になろう。君はお母さんで、私はお父さんか。なんだか照れてしまう・・」
俺の心は迷っていた。果たして、これでいいんだろうかと悩む。
「こら、素直に考えなさい! 洸輝は直ぐに判断できないんだから・・。さあ、決めるのよ。いいわね」
真美が俺の心を再び読み取り、催促を迫る。俺の脳は、昨日から猛スピードで駆け回っている状態だ。
「突然に、何を言い出すかビックリだ。悪くはないけど・・、昨日から、俺の人生が急激に変わっている。だから、判断が追い付かない」
「そうだね、確かに君の人生が大きく動いている。まあ、とにかく目の前のカツ丼を食べてから、居間でコーヒーを飲みながら話し合おう」
四人が其々の思いを胸に、黙って食事をする。奥さんと真美が、目を合わせ微笑んでいた。先生も愛妻が喜ぶ姿に、にこやかな表情で頷く。
《みんな嬉しそうな顔。それも、いいかな。でもなぁ~》
食事が終わり、後片付けを手伝う。俺は黙ったままだが、真美は呆れるほどはしゃいでいる。
「さあ、片付いたから居間へ行きましょう。真美さん、これを持ってね」
真美は奥さんから頼まれたコーヒー・カップを運ぶ。俺は皮を剥いた柿と小皿を運んだ。彼女は運びながら、俺の顔を覗きこむ。俺は無視する。
居間に四人が揃った。俺はソファにゆったりと座る。真美が幸せそうに世話を焼き、四つのカップにコーヒーを注ぐ。終わると、ソファに座り俺の左手を掴む。温もりのある小さな手。その温もりが、彼女の幸せな感情を俺の心に流れ込ませた。