謂れ無き存在 ⅡⅩⅠ
「ふふ・・、あなたたちのお母さんは、私の友達なの。高校の同級生で、三年間とても仲良しだったわ」
笑顔だった表情が、愁いに変わり俺たちを見詰める。
「卒業後、しばらくの間は親しく連絡を取っていたけど・・。徐々に其々の道を歩み、連絡が取れなくなったの。風の便りで、元気に過ごしていることは知っていたわ。でも・・」
奥さんの言葉がとぎれ、エプロンで顔を覆った。肩が小刻みに震えている。
「続きは、私が話すから・・」
先生が奥さんの背中を摩り、労りながら話を続けた。
「実は、私も君たちのお母さんを知っているんだ。明恵は私の幼馴染で、時々三人の仲間に呼ばれたよ。散々いじめられたけど、楽しかった」
先生は、俺と真美の知らないふたりの母親について、話し始めた。
俺の母は、関西の人と結婚したが、一歳の俺を連れて高崎の実家に戻ったらしい。ところが、頼りにしていた実家がバブル崩壊で破産。母は生活苦から、俺を施設に預け行方知れず。
《やはりだなぁ・・。俺の人生は生まれた時から、こんな状態なんだ》
東京から高崎に転居した先生と奥さんが、五年ほど前にひょんなことで俺の所在を知ったらしい。青年になった俺に、声を掛けるか悩んでいたという。
真美の母親については、米軍横田基地勤務の日系アメリカ人と結婚。祖父母から反対されたが、真美が生まれると直ぐにアメリカへ渡ってしまった。その一年後に、真美の母親が病で亡くなる。父親は友人に真美を預け、アフガニスタンへ行ってしまった。その後、消息不明。戦死したのか、二度と戻ることがなかった。
真美の祖父が、一人娘であった真美の母親を懸命に探したらしい。捜査依頼やあらゆる情報を集めた結果、娘の代わりに孫の真美を突き止めることができたという。
「これからが肝心な話になる。明恵たち三人は、将来の子供たちが互いに結ばれ、家族になる約束を交わしていたんだ。身勝手な約束だよね」
「え~っ、そんなことを決めていたんだ」
俺たちの将来を決めていたなんて、信じられなかった。
「勝手な約束して、ご免なさいね。ある意味では、少女の勝手な妄想よ。実現できるなんて、思っていないわ。それに、バラバラの人生を歩んだでしょう。その時点で終わり、三人とも忘れてしまったはずよ」