謂れ無き存在 ⅧⅩⅡ
真美と同じく、明恵母さんもオヤジさんの考えを、読み取ってしまう。
「だから、明恵が近くにいるときは、余計なことを考えない」
「そうか、俺も注意しよう・・」
真美が嬉しそうに反応した。俺は背中に寒気を感じる。
「ダ~リン! 残念ね。私は、遠くでも感じるのよ」
「えっ、嘘だろう・・」
「洸輝さん、それは本当よ。真美さんの力は、私より上のクラスなの」
「ど、どうして?」
俺は、焦った。明恵母さんが、慰める。
「でもね、これは良いことなの。真美さんの存在は、洸輝さんの存在でもあるわ。だから、片方がいなければ両方が実在しないことになる訳よ」
俺の軽い脳は、支離滅裂な想像に追い込まれた。
《真美がいなければ、俺もいない。俺がいなければ、真美もいない・・。なんだ、こりゃ? 真美と俺がいなければ、完全にいないことか?》
「洸輝、もう考えるのは止めなさい。気が変になったら、困るわ」
「いや、既に狂ってしまったよ。どうしたら・・」
痴呆状態の俺は、口を開け天を仰ぐ。その様子に、真美が呆れた顔。トーマス小父さんが明恵母さんの説明に、腹を抱えて笑い出した。
静かな公園に笑い声が響く。落ち着いた俺は、公園の池を眺めた。
《俺の人生は、珍妙な人生だ。親に捨てられ、運命によって救われる。想像さえしなかった結婚を、俺がするなんて・・。況して、美人女優と見紛うほどの、可愛い真美と愛し合う。これは、俺の夢物語だ》
「ほら、何を真剣に考えているの」
真美が俺の横に並ぶ。
「えっ? 俺の考えを見なかったのかい?」
「うん、覗き見る雰囲気じゃなかったから、神経を集中しなかったのよ」
冷たい風が吹き始める。
「寒いわ。もう、ホテルに帰りましょう」
明恵母さんが体を震わせ、みんなを急かす。俺の腕に真美が体を寄せた。温もりが浸透してくる。
《青天へきれきな人生が始まった。でも、へんてこりんな人生ではない。理由の無い存在だった俺が、自分の存在を明確に意識できそうだ》