謂れ無き存在 ⅣⅩⅣ
ふたりは観音様を見上げる。
《こうべを少し垂れ、優しい眼差しで見詰める顔。ふっくらとした顔は、真美に似ているなぁ。とても綺麗で美しい》
「いや、それほどでも・・」
「え、何が?」
「ママたちもここに来て、何かを願ったんでしょうね」
「うん、そうかも・・。さあ、帰ろうか?」
「ええ、帰りましょう。少し寒くなったわ」
しばらくして、忠霊塔前の駐車場へ戻った。
「真美! 駐車場横に喫茶店があるんだ。ちょっと、寄って行かないか?」
「いいわよ・・」
静かな趣のある喫茶店であった。前から入りたいと思っていた。奥の窓際に座る。
真美が店内を見渡し、俺の顔を覗く。
「へぇ~、素敵な場所を知っているのね。誰かと内緒で来たことがあるんだ?」
「ううん、初めてだよ。好きな人ができたら、ここへ来ようと考えていた。真美と来れて、想いが叶った訳だ」
「それなら、いいわ・・。紅茶を頼むんでしょう? それにケーキも・・」
「ケーキはいらないよ。もう直ぐ昼だからね」
窓から見える景色を眺め、ゆっくり時間を過ごす。
「これから、どうするの?」
「あぁ、不動屋さんへ行くつもりだ。それに、引っ越しの業者にも」
「洸輝、昼食を食べてからでいいよね」
「勿論さ。何を食べようか・・」
「私が奢るから、ステーキを食べようよ」
「いいや、俺が払う。今日、お金が入ったからね」
「ダメよ。そのお金は、引っ越しの費用だから・・」
俺は従うことにした。ここで意地を張り、争って損をするのは俺だと思う。
「分かった。でも、ここは俺が払うよ」
「いいわよ、ダーリン」
危ない眼差しで、俺を見詰める。俺は降参だ。喫茶店を出て、車に戻る。
市内のステーキ専門のファミレスへ直行した。昼時間をずらしたので、待つことなく座れた。俺は久々の牛肉だった。
「まあ、驚いた。涎を垂らすほど、締まりがない顔」
「だって、一年振りに食べるからだよ。ああ、我慢ができない」