偽りの恋 ⅡⅩⅣ
「彼女、あまり具合が良くないの。強い痛み止めの注射で、会話は無理かもしれない。でも、金本さんに会いたがっているわ。先生には内緒よ」
長谷川さんの病室のドアに、面会制限の札が掛けられている。看護師に促され、俺は静かに病室の中に入った。
「・・・」
しばらくの間、黙って長谷川さんの顔を見詰める。ベッド脇のモニター音だけが聞こえた。
俺の気配を感じたのか、長谷川さんが徐に目を開ける。
「やあ、・・・」
言葉が見つからず、簡単な挨拶をした。彼女は、小さく頷く。
「金本さん、傍に座ってあげなさい」
看護師が椅子を用意して、俺を座らせる。
「何かあったら、枕元のベルを押してね。直ぐに来るから・・」
年配の看護師は、忙しく部屋を出て行った。
「この間の話は、面白かった・・」
囁くような声。
「そう、良かったね」
「あれって、インカのかぐや姫でしょう?」
「うん、そうだよ・・」
長谷川さんの顔に笑みが零れた。俺も微笑む。
「ごめんね、部屋に呼んで・・」
「いや、構わないよ。暇なんだから・・」
「来て・・くれて、ありが・・とう・・」
薬が会話の邪魔をする。
「無理に話さないでね」
長谷川さんの顔が頷いたかに見えた。静かな寝息が聞こえてくる。
「ゆっくり休んでね・・」
俺は部屋を出ると、そのまま自分の病棟に戻った。
その夜、長谷川さんの看護師が、俺の病室へやって来た。
「ごめん、渡すの忘れちゃった。この手紙、長谷川さんから頼まれていたの」
「えっ、俺に?」
「そうよ。手を震わせながら、必死に書いていた」
「・・・」
「最後の手紙かなって、言っていたわ」