謂れ無き存在 ⅩⅧ
確かに真美の意見は、正しいと思う。余計な詮索は必要ない。
「そうだね。俺は愛に飢えていた時期もあった。でも、大人になるにつれ、愛に不信感を抱き、求めないことにした。だって、いくら求めても、結果的に虚しくなるだけだ」
「私も虚しく悲しい時間を過ごしたわ。誰も傍に居なくて、幸せを感じなかった。とても寂しかった・・」
彼女を養育した人は約束を果たすだけで、家族の愛を教えなかった。だから、真美は愛の感情に飢え、懸命に求めている。俺は、幸いにも施設の仲間から、愛に似た感情を教わった。
施設を離れ生活を始めると、多くの愛らしきものを見せ付けられる。俺は孤独感を味わい、空虚な生活の中に愛の破片すら探せなかった。
「俺には、愛と言う感情は縁のないもの。もし、愛を得られたとしても、掴んだ途端に壊れると思い、一時も心が休まらない。それが怖いんだ」
「・・・」
「だから・・。今の俺は、真美の気持ちを十分に理解しているが、君を失った時の自分に恐れているんだ」
「私だって、あなたを失いたくない」
隣に寝ている真美の手を、俺は握りしめる。
「俺は、そんな生活を望んでいない。明日まで、待てるかな?」
「えっ、何を?」
真美が訝る。俺は狼狽えた。
「何をって、決まっているじゃないか。あれだよ」
俺は若い女性を前にして、露骨な言葉が言えなかった。
「はは~ん、セックスのことね?」
真美がいとも簡単に答えたので、心臓が飛び跳ねる。
「まあ、簡単に言えば・・」
「ふふ・・、洸輝は純なのね。今はね、隠す言葉じゃないわ。驚く必要はないの」
俺はなんと古い感覚の人間なんだ。テレビや雑誌では当たり前の言葉だ。
「俺もバカだね。常識だよね・・」
「そうよ、恥ずかしいことじゃないもの。でも、洸輝を見ながら言わせるなんて・・」
「あっ、ごめん。俺が意気地なしだから、言葉に表せなかった」
「もう、いいわよ。私は理解していますから・・」
真美が俺の方へ向き直り、片手を俺の胸に置いた。その手の上に、俺は優しく手を重ねる。彼女は、俺の耳に囁く。
「でも、私を独りにしないでね。今夜は、あなたに抱かれて眠りたいの」
「うん、俺も思っているよ」
「良かった。やっと安心して眠れる。ずっと、この日を待っていたわ」
しばらくして、真美は静かな寝息を吐く。彼女の安らかな寝顔に、俺は幸せを感じた。この幸せが、愛と言う感情なのだろう。俺は、心の中で確信した。