謂れ無き存在 ⅦⅩⅤ
車は市街地を出ると、幹線道路を走った。しばらくして、脇道にそれる。細い林道は、まるで紅葉のトンネルだった。
「凄いロマンチックな景色ね。あなたたちにぴったりよ」
明恵母さんがうっとりと眺め、隣に座る真美に呟いた。
トンネルをくぐり抜けると、前方の視界が広がった。そこは、広大な墓地である。片隅に白亜の教会が、ひっそりと建つ。
「近くで見ると、かなり古そうな教会のようだね」
オヤジさんが、興味津々に聞く。真美が、トーマス小父さんに尋ねた。彼が、教会の歴史を細かく説明する。
「この教会が建って、二百年になる。昔は、洗礼などの儀式や結婚式、葬儀が行われた。残念なことに、今では僅かな人たちだけになってしまった」
真美が、トーマス小父さんの話を通訳する。
「なるほど、そんなに古いんだ。後で、中を拝見したいね」
「ええ、見られるわ。だって、私たちは、ここで結婚式をするのよ」
トーマス小父さんの車は、教会の前をゆっくり通り過ぎた。
墓地の中ほどに、ロータリー式の駐車スペースがある。車は、ここに停められた。歩いて数分の場所に、真美の母が眠る墓地がある。真美と俺は手を握り、十字架が並ぶ墓地の合間を歩く。厳かな雰囲気に、俺は緊張して喉が渇いた。
「緊張して、水が飲みたいな・・」
「もう少しよ。我慢してね」
握る俺の手を、優しく小刻みに振る。
「ここよ、ママがいる場所は・・」
十字架の前に、名前が書かれた石碑が埋められている。真美が、用意された花束を、石碑の上に置く。石碑に刻まれた母の名をなぞる真美。
「洸輝、傍に来て! ママに紹介するから・・」
俺は真美の横にしゃがむ。
「ママ、私のダーリン、洸輝よ」
「洸輝です。初めまして、佳代の息子です」
「ママが、私たちを結びつけたのね。ありがとう・・」
「亜沙子、ありがとうね。あなたが・・、約束を・・、守ってくれたわ」
明恵母さんが、後ろから声を掛けた。
「ママ。明恵さんが、私たちのお母さんになったの」
「ええ、私には子供ができなかったけど、ようやく母親になれたわ」
「亜沙子さん、お久しぶりだね。私も二人の父親になれた。真美さんと洸輝君は、楽しく幸せな家庭を築くと思う。安心して、見守って下さい」