謂れ無き存在 ⅤⅩⅨ
「でもさ、真美が完全な英語を話すの、俺はまだ聞いてないよ」
「フフ・・、もし、喋ったら分かるの?」
「いや、分かる訳ないから、喋らなくてもいい・・」
楽しい時間が過ぎて行く。
「あら、もうこんな時間に・・。明日は早く出掛けるのよ。早く寝ましょう」
「そうだね。年寄りは、自然に早く目が覚めるが、若いふたりは起きられない。バスに乗り遅れたら大変だ」
明恵母さんとオヤジさんが、心配した。その晩は、真美と俺はこの家に泊まる。慣れない場所に戸惑い、俺は眠れなかった。隣の真美は直ぐに寝入ってしまったが、俺の手を握り離さないでいる。俺は、真美の幼く健やかな寝顔を、しばらく見つめていた。
《こんな幼い顔だけど、不思議な感受性を持っている。それに、あ~ぁ・・、あの官能的な姿は、俺を魅了させてしまった》
完全に熟睡していたようだ。真美に起こされるまで、目覚めることを忘れていた。
「マイ ダーリン! 朝よ、起きて! 早く、シャワーを浴びなさい。着替えは、ここに置いてあるわ」
真美は階下のキッチンへ行き、明恵母さんと朝食の準備を始めた。俺の軽い脳が呆然として、しばらく寝床に横たわっていた。脳が漸く動き、瞬時に理解する。
《あっ、今日はアメリカに行く日だ! 何、呑気に構えているんだ》
急ぎベッドから起き上がり、浴室へ向かった。
「よっ、おはよう! さあ、早く入った、入った」
浴室からオヤジさんが、出るところであった。
「あっ、おはようございます」
浴室に入ると、湯船にお湯が満たされていた。
《おっ、朝風呂か! いや~ぁ、嬉しい。初めての経験だ》
初めての体験を、ゆっくり味わう。
「早く出なさい。時間が無いのよ・・」
浴室のドアが開き、真美が顔を覗かせた。俺は、初めての体験を、ゆっくり味わうことなく急いで出る。
「さあ、洗う下着はそこの籠に入れてね。そのバスタオルもよ。できれば、洗濯機の中へ・・」
「ああ、分かった」
真美は告げると、またキッチンへ行ってしまった。
《恐れ入った。完全にこの家の主婦だ》
籠の中に、今日の旅行に着る衣服が用意されていた。俺は真美のお着替え人形だった。だが、決して不服ではない。むしろ幸せを感じている。