謂れ無き存在 ⅢⅩⅢ
半時後、別れを告げ箕郷に向かった。
運転する真美が、前方に注意を払いながら、意外なことを俺に告げる。
「ねえ、洸輝。実は・・、お母さんの心が、読めてしまったの。お母さんの心、とても悲しく辛い過去を持っている・・わ」
俺は信じられず、真美の横顔を見詰めた。彼女の頬に涙が零れ落ちる。俺は咄嗟に右手の人差し指でそっと拭く。その濡れる涙に、何故か俺はまごついた。ほんの僅かな沈黙が、とても長く感じてしまった。
「真美が泣くほど、悲しい過去なんだね?」
「ええ、あなたにも関係することよ」
《えっ、俺に関係する? どんなことだろう・・》
俺は真美の顔を見ず、ヘッドライトが照らす光景を眺めた。ぼんやりと見える景色は、一瞬に後ろへ飛び去って行く。
「俺と明恵母さんの関係?」
「そうよ。とても複雑な感情だったわ」
「複雑な感情? じゃあ、これから一緒に暮らすけど、どうすれば・・。困ったなぁ」
真美は、チラッと俺の顔へ目線を向ける。その気配に俺は目線を合わすが、既に前方へ向けられていた。
「いいえ、心配ないわ。詳しいことは、家に帰ってから話すね」
俺は直ぐに聞きたいと思ったが、真美の言葉に従うしかなかった。しかし、家に着くまで悶々と時間を過ごす。
《心配ないと言われても・・。やはり、不安を感じる。あ~ぁ、悩んじゃうな》
ようやく家に戻れホッとする。たった一晩のみ過ごした家なのに、懐かしさが心に染み入る家であった。
夜になり体が冷え込む。俺は急いで灯油ストーブに火を点ける。ソファに座り、家の中が温もるまでじっと我慢した。キッチンでお茶の用意をしていた真美が、俺の様子に驚いて目を見張る。
「まあ、何を固まっているの?」
「う~、寒いからさ・・」
「うふふ・・。寒がり屋さんなのね。面白いことを知ったわ。はい、熱い紅茶よ」
両手に持っている紅茶カップを、目の前に置いた。
「あ、ありがとう」
俺の横にピタリと体を寄せて座る真美。
「紅茶を飲めば体が温もるわ。それに、私が防寒具になるからね」