謂れ無き存在 ⅤⅩⅧ
十日後、旅行の手続きが整った。出発の前日、家族全員で荷物の整理。あれだ、これだと大騒ぎ。俺は厳しい寒さに耐える衣服を準備する。
「まあ、驚いたわ。そんなに防寒具を持って行くの?」
明恵母さんが驚く。
「だって、この高崎よりもっと寒いって言うから、用意しておかないとね」
「大丈夫、少しオーバーに話しただけよ。だから、安心して・・洸輝。この時期は、とても紅葉が綺麗なの。お母さんも喜ぶと思うわ」
「じゃぁ、楽しみにしているわ」
一段落したところで、夕食になった。食事しながら、旅行スケジュールを確認する。話を聞く俺は、次第に弱音を吐くようになった。
《オヤジさんと明恵母さんは、英語を話せるようだ。俺は全くダメだ。どうしよう・・》
俺の心を察した真美が、軽い気持ちで助言する。
「何を弱気なことを言ってるの。大丈夫よ。分からないときは、単語を並べればいいの」
「そうだよ、洸輝君。私は、出来る限り話すつもりはない」
「でも、相手の話は理解できるでしょう?」
「いや、できない。明恵に頼むつもりだ」
「え~、嫌だわ。今回も私に頼るつもり・・、冗談は止めてよ! 海外へ旅行すると、いつもガイド兼通訳なの。とても大変なのよ、あなた」
ひとり蚊帳の外で聞く真美が、笑い出した。
「ウフフ・・、アハハ・・」
「真美、何が可笑しいのさ」
「だって、私がいるじゃない。ガイドと通訳は、私に任せればいいの」
「そうだ。真美さんがいるんだ。心配する必要がない。そうだ、そうだ、良かった」
「そうよね、私も安心だわ」
夕食の片づけを済ませ、くつろぎながら世間話に花が咲く。
「ところで、真美は日本語をどこで覚えたの。すごく達者なので、驚いているわ」
明恵母さんの質問は、俺も前から聞きたいと思っていた。
「そうなんだよな。俺はいつも考えていた」
「ママは、家の中では日本語だけを話した。日本の漫画やビデオを取り寄せ、いつも観せてくれたわ。ママが亡くなってからも、日本語の勉強を続けていた。それに、同じ町に日本人家族が住んでいて、日本語を教えてくれたの」
真美は日本に来てから、日本語検定の二級に合格する。俺は彼女の凄さに驚く。
「恐れ入った、真美は凄い勉強家なんだ。俺は恥ずかしいよ」