謂れ無き存在 ⅢⅩⅤ
「あ、あ~、真美・・」
真美の後ろ姿を見ながら、今の俺には彼女の温もりが必要だと感じた。いや、単なる温もりではない。彼女が愛しい存在となった。
《待てよ。これでは真美の思い通りだ。冷静に、冷静にならねば・・》
「いいのよ。冷静にならなくても、私が必要なんでしょう」
部屋から戻った真美が、微笑みながら俺の心を読んでいた。
「はい、これを読んで・・」
使い込んだ皮表紙の日記帳を、俺に差し出す。
「誰の日記帳?」
「私のママが書いていた日記よ。でも、ほんの僅かだけ・・。後は、私が使っているわ」
「俺が、読んでもいいの?」
真美はにこやかに頷く。
「勿論よ。私の洸輝だから・・」
俺は、その言葉に弱い。顔が火照る。
読み始めようと、表紙のボタンを外しかけた。
「あっ、ちょっと待って。今回はママの日記だけにして・・」
「えっ、どうして?」
「だって、あなたに関係する内容は、ママの日記だからよ」
真剣な眼差しで、日記と俺の顔を見た。俺が不満の顔をすると、急に訝しい眼差しで謎めくように呟いた。
「うふふ・・。私のことは、ヒ・ミ・ツね。分かった~ぁ? 後でゆっくり読んであげるから。うふふ・・」
訝しい眼差しに、俺は一瞬たじろぐ。
《でも、この眼差しは素敵だ。可愛いな》
「こら、余計なことを考えるな! 素敵で可愛いのは、当たり前でしょう」
俺は訳も無くへこたれ、ペコペコと頭を下げた。そして、真美の母親が書いた日記に目を置く。
「私も一緒に読むわ」
真美が俺の横に並んで座る。俺の左肩に頭を乗せ、日記を覗き込んだ。
両親と別離し、アメリカの生活を選んだ心境。不慣れな異国生活の喜びや不安。日記は読み易い繊細な文字で、事細かに書かれてあった。
一年を過ぎた頃から、徐々に乱雑な文体へと変化し始める。しばらくすると、明恵母さんの名前が現れた。俺は一字一句を確かめ、考えながら読む。