ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

   謂れ無き存在 ⅤⅩⅠ 

 狭い墓地内の中ほどに、その墓石が建てられていた。
《そうか・・。母さんは、ここに納められているんだ。やっと会えたね》
 だが、記憶に残る僅かな温もりを、もう確かめることができない。その記憶が逃げないように、線香を持たない右手の拳を固く握りしめた。
 その様子を察した真美が、握りしめる拳を両手で覆う。真美の手のひらは、俺の拳を慰めた。
《ありがとう、真美。大丈夫だから・・》
「そう、良かったね。その記憶は、決して忘れないで・・」
「ああ、忘れないよ」
 線香に火を点け、交互に墓前の線香置場へ添え置いた。三人は静かに黙とうを行なう。近くの墓石に二羽の小鳥が翼を休ませ、こちらを見ながら頻りに鳴き続ける。
「佳代、洸輝君が来たね・・」
 母の名前を初めて聞き、俺は驚く。
「えっ? 母さんの名前は、佳代・・ですか?」
「ええ、そうよ。知らなかったの?」
「知りませんでした。施設の人も教えてくれなかった」
 母の名に、感情は高ぶることなく冷静であった。
「学生時代は、亜沙子、佳代、明恵って呼んでいたわ」
「あれ、ママの名前はミリアンだけど、いつミリアンになったの?」
「確か、結婚する前に考えたらしいわ。その時は大笑いよ・・」
「え~、そうなんだ。私、知らなかった」
「じゃぁ、真美には英語名が有るの?」
「え~とね、お母さんはどんな名前がいいと思う?」
 真美がなかなか教えない。
「メッチェン・・」
 俺が明恵母さんに囁いた。
「えっ、なんて・・?」
 真美は信じられない顔で、俺の顔を見る。
「あ~、どうして喋ったのよ。もう、洸輝ったら、許さないから・・」
 明恵母さんは、ふたりの様子を愉快そうに眺めた。
「真美の名前は、メッチェンです。ドイツ語で、乙女と言う意味だそうです」
「あら、そうなの。まあ~、可愛らしい名前ね。メッチェン、真美にぴったりだわ」
 明恵母さんの言葉に、真美は喜び笑顔を見せた。
「良かったね、メッチェン・・」
 俺の言葉に笑顔は消え、矢庭に頬を膨らませしかめっ面。
《やばい、また機嫌を損ねさせた。でもなぁ、この顔は好きだ。》

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