偽りの恋 Ⅸ
「これじゃぁ、座れそうもないね」
「私は、大丈夫よ」
各駅停車は辛い。停まるたびに、乗客が増える。終点の新宿駅近になると、身動きができない。俺と佐藤は密着したままだ。彼女の顔が、赤く火照る。
「もう直ぐ着くけど、我慢できるかな?」
「ええ、平気。金ちゃんは?」
「ああ、問題無いけど、妄想の中にいる」
「えっ、妄想って、何よ?」
「いや、なんでもない・・」
佐藤が、俺の脇を小突く。周りに聞かれないように、小声で話す。
「分かったわ・・、私の体でしょう? 止めてよ、このおデブな体を想像しても、特にならないからね」
「いや、ごめん。だって、こんなの初めての経験だから・・。困ったな」
半時ほど、この状態が続いた。
「ふ~ぅ、やっと着いたね。助かったよ」
「え~、本当に? 残念に思っているでしょう?」
「あはは・・、どっちかと言うとね。もうしばらく、このままで良かったと思うよ」
「ふふ・・、実は私もよ」
二人は忍び笑いをした。
やっと、新宿駅に到着。ドアが開き、車内の熱気と共に押し出された。ホッとする二人。雑踏のホームを出口に向けて歩く。佐藤が俺の手を握る。俺は意識を避け、自然を装った。
坂本に約束させられた階上へ向かう。
「あら、幸子ちゃんたちがいないわ」
佐藤が辺りを見回す。露見したら都合が悪いので、俺は探す仕草をする。
「本当だ。坂本さんは、どこへ行ったんだ。困ったな~」
前方のエスカレーターに、地階へ降りる坂本の後ろ姿が見えた。俺は、咄嗟に反対方向へ向きを変える。
「どうしたの?」
「あ~、向こうに姿が見えた気がする。行ってみよう」
俺の心がチクリと痛む。佐藤に握られた手が、汗ばんでいる。