謂れ無き存在 ⅣⅩⅢ
観音山忠霊塔前の駐車場に車を停めた。ここから眺める高崎市の街並み。陽に輝く市街地と前に流れる烏川。四季折々の景色は美しい。俺は好きだった。
高崎白衣観音まで歩くことにした。参道は平日のため車両が通行可能。意外に車の往来が激しい。歩いている人影は見えなかった。ふたりだけだ。
「もう、紅葉が終わる頃ね」
真美は歩きながら、周りを見渡す。
「そうだね。でも、残念だな・・」
「え、何が残念なの?」
俺は参道の左側を指差し、昔のことを思い浮かべる。
「この下の向こうに、大きな遊園地が在ったんだ。施設の仲間と遊びに来た。余分なお金を持っていないから、プールだけで我慢したよ。家族連れの子供たちが、大声を上げて喜ぶ姿。俺たちは妬ましい気持ちで見ていた」
手を繋ぐ真美が急に寄り添い、俺の腕に絡みつき頬を寄せた。彼女の気持ちがストレートに伝わり、俺は深いため息をついてしまった。
「洸輝・・、過去に無かったものを求め考えるより、現在に有るものを確実に考えなさい。これは、ユダヤ系ドイツ人の養父に教えられたの」
「そう、いい教えだね。今、有るものって何だろうか・・」
俺の腕を、真美が抓った。
「イテテ・・、なんだよう」
「バカね、洸輝は・・。目の前をしっかり見てご覧なさい」
彼女の顔を、俺の目の前に近づける。
「真美の顔?」
「あ~、もう許さない!」
俺の腕を解き、さっさと速足で歩きだした。
「ごめん、ごめん、分かっているよ。だから、機嫌を直してくれ・・」
真美の後を追い駆けた。彼女は走り、急いで逃げる。
「走るのは、俺の方が早いぞ!」
彼女は意外に早く、俺は驚いた。
《本当かよ、なんて早いんだ。負けそう・・》
漸く追い付き、真美の腕を捕まえる。逃げないように抱きしめた。
「じゃぁ、キッスしてくれる」
俺は周りの状況を確かめると、照れながらも真美にキッスをする。
「分かったよ。真美のことを確実に考えるから・・」
ふたりは腕を組み、白衣観音にやって来た。賽銭箱にお金を入れ、ふたりは同時に手を合わせる。真美は時間を掛けて、願い事を呟いていた。