揺れは、日毎に激しくなる。船が傾く方へヨロヨロと歩き、まるで酔っ払いのようだ。ワシはできる限り棲み処で静かにしていた。若い黒ピカは、片時も休まない。ところが、フラフラとヤツが戻ってきた。 「どうした、具合が悪いのか?」 「あ~、気持ちが悪くて、もう歩けない」 ワシの前でバッタリと倒れ、動かなくなった。 「それは、船酔いだ」 「お酒なんか、飲んでいませんよ。まだ、未成年ですから・・」 「当たり…
「長い道のりだ。安全で快適な、仮の棲み処を探さなければ・・」 「リーダー。それよりも、先に何か、食べませんか?」 「そうだな、前の方からいい匂いがする。行ってみよう」 貨物船のためか、人間どもの姿が少ない。安心して行動ができる。キッチンは意外と広く、清潔であった。直ぐに残飯の在りかを探し当てた。ワシらは用心を怠り、食事に没頭する。 『バッシ、バッシ・・』 不意に叩かれた。 「黒ピカ、早く逃げ…
のらりくらりと言葉を交わすマダムの対応に、言い知れぬ怒りが湧く。もう、我慢ができないとワシは思った。 「とにかく・・、ですな!」 その瞬間、黒ピカがサッとワシの前に出る。豊満なマダムの体を軽くタッチした。 「お美しいマダム・イヤーネ、南米から帰国したら横浜に来ます。死ぬまでお仕え致しますから、是非、貨物船の場所を教えてください」 《えっ、なんだあ? お前の、この対応は? またまた鳥肌が立って…
ワシの真剣な表情から、失敗は許されないと理解した黒ピカは、翅をバタバタと動かし気を引き締める。ヨットがうねりの頂点に達した一瞬、岸壁を目がけて飛んだ。 ワシは体操選手のように触角を広げ、華麗なフォームでピッタと着地をする。黒ピカは風に煽られ、コロコロと転んでしまった。 「うっ、痛たた~。もう、痛いなあ~」 「おい、平気か?」 「ああ~ぁ、リーダーと同じに、格好良く決めたかった。残念だ」 「ケ…
ジェット音が、徐々に大きく響いてきた。 「リーダー、あのとんでもない唸り声は?」 「あれは唸り声ではなく、飛行機の音だ。自動車より数十倍も大きい、空飛ぶ機械だ。 本当なら、あれに乗ってブラジルへ行くはずだった」 「ふぅ~ん、ゴジラが吠えていると思った。半年前に誤って映画館に入ったら、急にゴジラが吠えた。オイラは咄嗟に外へ飛び出し、大急ぎで逃げましたよ。あんな気味の悪い生き物がいるなんて・・」 …
「はい、十分に気を付けます。カラスは大嫌いだ。いつもオイラを『バカカァー、バカカァー』と、鳴いて騒ぐ。オイラは、とっくの昔から承知の介だい!」 「アッハハ・・。あ~、腹が痛い。なんとも変わったヤツだな。ハハ・・」 東京湾に近づき、釣り船や観覧船が目まぐるしく行き交う。小さなヨットは船のさざ波に煽られ、落とされまいと黒ピカが必死に耐えていた。しばらくして、周辺の景色を眺める黒ピカが、妙な動作をす…
冷や冷やしながら見ていたワシは、何故か神様に祈ってしまった。祈りが通じたのか、黒ピカはようやく着地ができた。 「さあ、出発だ。茎にしっかりと抱きつけ! この茎なら、葉の養分を吸える。少しは腹の足しになるからな」 「は~い、リーダー。だけど疲れたなぁ~」 夜明けと共に、長い未知の旅が始まった。果たして、無難に目的地へ辿り着くことができるのか、ワシは心配する。神様でも保証をしないであろう。 ヨ…
夏の虫たちの『リ~ン、リ~ン』と軽やかな音色だけが聞こえる。静かな夜に戻った。 「黒ピカよ! ワシは決めたぞ」 ふと心に浮かんだ案を、出し抜けに告げる。黒ピカは驚き、ピョッコと飛び跳ねた。 「えっ、えっ、何を決めたのですか?」 「渡航方法だ! 近くの烏川から利根川を経て、途中の江戸川を抜け東京湾に出る。それから、潮風を利用して横浜港へ向かう。横浜港から南米行きの貨物船に乗る計画だ」 黒ピカ…
「リーダーの方が、もっと慌てていますよ」 《当たり前だろう。お前に露見したと思った。気付いていないらしいな。それにしても、そんなに似ているのかなあ? 黒く光って母親似と思うが・・》 「うっ、ゴッホン・・、ゴ、ゴキ江、それで支部からの内容は?」 「ええ、それが渡航のことなの。飛行機は空港の検疫検査が厳しいから、比較的に安全な貨物船を利用しなさいと言ってきたわ」 「えっ、貨物船? それでは大会に間に…
「今日はこれで散会する。近頃、野良猫に食べられる事件が絶えない。くれぐれも用心して帰ってくれ」 集まったものたちは、別れを惜しみながらソロソロとその場から立ち去った。 「黒ピカよ!」 「はい、リーダー・・」 「出発まで、この公園で過ごす。棲み処に戻っても、命の保証はないからな。この場所にこっそり隠れているほうが安心だ。昼はカラスに注意し、夜はカマキリや蜘蛛に警戒すればいい」 「リーダー、カエル…