トーマス小父さんは親指を立て、大きな口を開けて笑った。 「どうしたの? 大騒ぎだこと・・」 明恵母さんが、真美の試着室から顔を見せる。 「いや、なんでもないよ。それで、真美さんの具合はどうかな?」 「ええ、ぴったりよ。とても綺麗で、可愛い花嫁になったわ」 「早く見たいもんだ・・」 オヤジさん... 続きをみる
2018年3月のブログ記事
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トーマス小父さんの案内で、センターの中を歩く。日本と余り変わらない風景だ。真美が、落ち着かない俺を心配している。俺の手をしっかり握り、離さないでいた。 「さあ、ここよ」 目の前のお店は、レンタル・ショップであった。 「トーマス小父さんに頼んでいたの」 「えっ、何を?」 真美と明恵母さんが目を... 続きをみる
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「この街は、デトロイトに近いでしょう。だから、デトロイトの工場地帯へ機材を運ぶ貨物車が通るの。この街だって、ケロッグの工場があるわ」 「なるほど、デトロイトは自動車産業で有名だよな」 オヤジさんが納得して、頷く。 「ケロッグと言えば、高崎にも工場が有るよね。施設の朝食で、良く食べさせられたな」 ... 続きをみる
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部屋に戻った二人、食事会の高揚が続いていた。真美が英語を交えて喋り、俺の軽い脳は沈黙。ただ、理解できる範囲で、頷くしかなかった。 「どうしたの? 黙ったままで・・」 「いいや、聞いているだけで、十分だよ」 「あ~、分かった。他のことを、考えているのね」 「いいや、何も考えていないよ」 「いいえ、... 続きをみる
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着替えると、ホテルの外へ散策。 「本当に、静かで落ち着いた町だね」 真美の案内で、図書館や市役所を見て回る。風が冷たく感じ、真美が体を寄せて来た。 彼女の温もりが伝わる。 「でもね、独りになったときは、この静けさが怖かったわ。特に、夜になると、寂しくて泣いて過ごしたの」 真美の言葉に、小さな... 続きをみる
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至ってシンプルなロビー。受付けで一枚の用紙にサインをする。サイン以外は、真美が書き込んだ。俺の名前の横にハズバンドと書かれていた。受付けの女性から、握手を求められる。 「えっ?」 俺は応じた。早口で何かを言われた。 「彼女、私の知り合いなの。結婚のお祝いを言ってるから、礼を答えれば・・」 真... 続きをみる
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バトル・クリークに向かう道路は広く、対向車線を走る車が少なかった。周りの景色は紅葉が見事であった。 「本当に綺麗、想像以上の紅葉だわ。ねえ、あなた!」 「ああ、色が鮮やかだ・・」 オヤジさんが、ひっきりなしにカメラのシャッターを押す。 「でも、この紅葉の景色は、確か北海道東部の女満別空港の周辺... 続きをみる
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こぢんまりしたロビー。二十人程度が座れる広さだった。一緒に降りた人たちは、地元の住人と思われる。迎えや駐車場の自家用車に乗って、姿を消してしまった。 「車が来たわよ。さあ、行きましょう」 外には、十人ほどが乗れるカーゴ車が待っていた。まるでクロネコ・ヤマト宅急便の車に似ている。 「ホ~ゥ、これ... 続きをみる
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「これから、国内線に乗り換えるのよ。洸輝、迷子にならないでね」 国内線のロビーから、国内線受付けに向かう。どこを見ても、外国人の顔ばかりだ。俺は恐怖を感じ始めた。 「どうした、洸輝君。先ほどから、キョロキョロと落ち着きが無いね」 「オヤジさん、ほとんど日本人らしき人が見当たりません」 「アハハ・... 続きをみる
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フワフワと体が揺れガクンと着陸するまで、俺は生きた心地がしなかった。無事に着陸すると、俺は神仏に感謝する。 「洸輝、体が強張っているわよ。大丈夫?」 「ああ、平気だ。なんでもないさ」 俺は、真美に弱みを見せないよう強がった。 「うっそ、本当は怖がっていたわ。ふふ・・」 《確かに、そうだ。初めて... 続きをみる
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機内の時間は、俺にとって随分長く感じられる。幾度も時計を確認。ただ、真美のお喋りが退屈を凌いでくれた。 早い夜が訪れ、軽い夜食後に機内の照明が落とされた。慣れない体のリズムが、目を覚ましたまま過ごす。真美と前のふたりは、静かに寝入っている。仕方なく、俺は耳にイヤホンをつけ、好きな音楽を選んで聴... 続きをみる
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出国審査を終え、真美と明恵母さんが免税店を覗き回る。俺は真美が行く所は、常に一緒だ。出発までは、かなりの余裕があった。 「明恵母さん、意外に時間が有るんですね」 「そうね、いつもそうよ。疲れるでしょう」 「はい、行くまでに疲れました」 俺たちのフライト便がアナウンスされた。 「さあ、ゲートに行... 続きをみる
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成田国際空港出発ロビーに到着。俺は、ただ三人の後を従うだけだ。頭の中は真っ白で、何も考えが及ばない。ANA航空のカウンターでチケットの手続き。旅行ケースを預けると、出発時間まで空港内を散策。 オヤジさんが早めの昼食を提案し、階上のレストランへ行く。滑走路が見える窓際に座った。 《旅行の間は、レ... 続きをみる
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「でもさ、真美が完全な英語を話すの、俺はまだ聞いてないよ」 「フフ・・、もし、喋ったら分かるの?」 「いや、分かる訳ないから、喋らなくてもいい・・」 楽しい時間が過ぎて行く。 「あら、もうこんな時間に・・。明日は早く出掛けるのよ。早く寝ましょう」 「そうだね。年寄りは、自然に早く目が覚めるが、若... 続きをみる
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十日後、旅行の手続きが整った。出発の前日、家族全員で荷物の整理。あれだ、これだと大騒ぎ。俺は厳しい寒さに耐える衣服を準備する。 「まあ、驚いたわ。そんなに防寒具を持って行くの?」 明恵母さんが驚く。 「だって、この高崎よりもっと寒いって言うから、用意しておかないとね」 「大丈夫、少しオーバーに... 続きをみる
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「ごめんね、大切な品物だったんだ」 それにしても、俺の持ち物は少ない。持っているものはガラクタばかりだった。 「そんなに、がっかりしないで・・。これからは、ふたりで揃えればいいのよ」 「でも、真美の家には、新しく買う物が無いよ。殆ど揃っているから・・」 《古くても趣のある家具だと思う。もったいな... 続きをみる
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「う~ん、そうだね。仕事は暇だし、行くことにするかな」 嬉しそうに顔を綻ばせる明恵母さん。 「直ぐに旅行会社へ連絡して、日程を考えなければ。ねえ、真美・・」 「お母さんが一緒なのは、とても嬉しいけど・・。ちょっと残念な気がする」 真美が拗ねる真似をする。 「何が残念なのさぁ?」 意味が分から... 続きをみる
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「いえ、叶わないものを待ち望むより、真相を早く知れて良かった。だから、明恵母さんは自分を責めないでください。母さんの死を明らかにしてくれて、ありがたく思っていますから・・」 「そうかしら・・」 明恵母さんは、済まなそうに顔を下に向ける。 「そうだね、洸輝君の言うとおりだ。いつまでも待ち続けるより... 続きをみる
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「・・・」 真美は何も答えてくれなかった。 《真美よ、俺の心は変わらない。ごめんな・・》 「・・・」 俺はしばらく待ったが、諦めることにした。 「オヤジさん、一本頂きます」 「うん、沢山あるから、何本でも食べていいよ・・」 団子を食べながら、真美の様子を盗み見た。すると、怖々とみたらし団子に... 続きをみる
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明恵母さんの言葉に、真美は事情が分からずキョトンとしている。 「奥さん、どうしますか? 俺の靴を脱がしてください」 ハッと気付き、まんまと謀られたことを知った。 「あら、ダ~リン! お手伝いしますわ」 俺の服を脱がせようとする。これには焦った。 「わ、分かったよ。ご免、ご免、謝るから・・」 ... 続きをみる
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やはり、真美は俺の心を読んでいた。 「そんな見え透いた考え、許すと思うなら大間違いよ」 「えっ、俺は何も考えていないぞ」 頬を膨らませ俺の前に立ち塞がる。そして、胸の前で腕を組み、上目使いで身構えた。 《ほ~ぅ、なんて、可愛い仕草をするんだ。う~ん、参ったなぁ。ふふ・・》 彼女の膨らんだ頬を... 続きをみる
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狭い墓地内の中ほどに、その墓石が建てられていた。 《そうか・・。母さんは、ここに納められているんだ。やっと会えたね》 だが、記憶に残る僅かな温もりを、もう確かめることができない。その記憶が逃げないように、線香を持たない右手の拳を固く握りしめた。 その様子を察した真美が、握りしめる拳を両手で覆... 続きをみる
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明恵母さんは、前屈みになり両肘をテーブルに置く。こめかみを両手の親指で軽く摩る仕草。おそらく、昔を懐かしむ思い出ではない記憶を、無理やりに心底から引きずり出すのであろう。 両肘の間から、苦渋に満ちた声が聞こえてきた。俺と真美は、耳をそばだてる。 「新潟の角田岬灯台の近く・・だった。圧倒的に迫り... 続きをみる
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「何が、知りたいの?」 「ええ、ん~、実は、母さんのお墓を知りたい。それに、母さんの最後の場所・・」 心の奥にわだかまりを感じているせいか、俺はぎこちなく話す。 「お母さん! 私たちの結婚をお墓で報告したいの。それと、その命を絶った場所へ行き、彼の母親へのこだわりを整理させたいと思っているわ」 ... 続きをみる