ドアーが開き外の風が舞い込んできたが、その香りは私の鼻腔に残った。 彼女が車両から降りる。私も続いて降りた。プラットホームには彼女と私だけであった。改札口を通り抜け、静かな駅前に出たが私は困惑した。 「はて、ここはどこだ・・」 見た事も無い駅前の景色に、唖然とする。眼前に広がる殺風景な荒れ野... 続きをみる
2017年8月のブログ記事
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週末の金曜日、残業で帰りが遅くなる。終電のひとつ前の電車に乗ることができた。ほとんどの乗客が座席に着くなり、疲れた体を座席の背に投げ出す。そして、目を閉じ思い思いに自分の殻の中へ没入した。 乗客同士は肩を寄せ合うが、互いに無関心を装う。小さな車両は不思議な空間に変わる。私は、いつも孤独を意識し... 続きをみる
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《この絵図では、八重さんはお守りの赤い箱を持っていない。その箱を邪鬼同士が奪い合う隙に、川を渡っているのだ》 私が思ったことを伝えると、福沢准教授は頷く。 「そうですね。邪鬼が赤い小箱を夢中で取り合っている。これがお守りの使い方かも・・、しれませんね」 「そうでしょう? おそらく、邪鬼は赤い物... 続きをみる
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私たちは佐渡へ渡る前に、岬を訪れた。岬の上に立つふたりは、それぞれの思いでお堂を見詰める。私が夏の日差しに映える海を眺めているとき、福沢准教授はお堂に向かって独り呟いていた。海風が彼の声を遮る。 《彼は何を話しかけているんだろう》 彼が肩に掛けていたバックから、私が返したあの赤い小箱を取り出し... 続きをみる
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「赦免されたお坊さんがお堂を建てたときにじゃ、扉の秘密を許婚の八重に知らせよった。初秋の一週間だけ漁師の雄太と会える。が、必ず約束を守るよう言い聞かせた。扉の向こうは現世ではない。だから、この世の者が足を踏み入れてはいけないのだ。踏み入れば、生死の条理をから外れ、現世に戻れなくなってしまう。 じ... 続きをみる
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その夜に、東京の福沢准教授に電話した。紗理奈の親せきが見つかり、岩崎翁との対話をかいつまんで報告する。 「良かった! 紗理奈の行動が見えてきましたね。その、岩崎家に伝わる話を早く知りたい。紗理奈が、許婚か漁師のどちらかに繋がる訳だ。意外な展開になりましたね」 「ええ、興味深い内容です。ただ、問題... 続きをみる
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私は冬の寒さに弱い。日本海の厳しい寒さを想像するだけでも、体が凍え行動を鈍らせる。冬の間は、佐渡に関する資料を集め、紗理奈が求めていたものを調べた。気になるものが見つかると、福沢准教授に電話して意見を交わす。 佐渡に遅い春が訪れた。初秋まで五ヶ月、なんとしてもヒントを得たいと思った。私は新幹線... 続きをみる
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背中に悪寒が走り、伝説を肌で感じた。 《一年後に訪れ、確かめることにしよう》 再度、お堂に手を合わせると、その場を立ち去った。東京に戻り、ネットで地方紙に関連記事がないか検索する。やはり、小さな記事が載っていた。 十五年前、岬の伝説に魅せられた若い女性が、お堂の前から姿を消した。当初は、投身... 続きをみる